
金曜日は伊勢方面に出張した。
とはいえ、大くくりで伊勢志摩と呼ばれる地域で、今回行ったのは絞り込んで言えば志摩の方。
サミットほどじゃないが、ホテルで大きな会議があるのである。
近鉄の特急に乗って会場となるリゾートホテルの最寄りの駅に着いたのは昼前。
駅の周辺で何かを食べようかと思ったが(このとき私の頭にあった有力候補は冷たいそばだった)、ものの見事にそういった建築物がない。
なんてことだ。
もし昼食を食べ損ねたら、会議中に大音響でおなかが鳴ってしまうかもしれない。
それは避けたい。
あてはなかったが……
私はタクシーでホテルに向かった。
レストランがあるかどうか、あっても営業しているかどうか、営業していても1万円のランチコースしかないかもしれない、など不確定要素しかない中だったが、私はそう行動せざるを得なかったのだ。
もしレストランがなくても、売店はあるだろう。
最悪の場合はそこでコアラのマーチか何かを買って飢えをしのぐしかない。
しかし、幸いなことに1階にティーラウンジがあり、そこには食事のメニューとしてカレーライスとピラフがあった。どちらもサラダ付きである。
この時間のリゾートホテルである。
そして大会議まではまだ時間がある。
ということで、ホテルの中は実にひっそりとしていた。
カレーライスもピラフもけっこうなお値段だが、閑散としている中で営業してくれているだけありがたいことだし、あたりには他に食事をする場所がないのだから強気に出られてもしかたがない。
今の私は“食べさせていただく”身なのだ。
カレーを食べることを決意した私は、廊下から店への境界線をまたいだ。
高慢?いえ、いろいろなことを理解していないだけです
店はすいていた。
入り口近くに3人のグループ1組がいたが、もうコーヒーなどを飲み終え惰性的に会話を続けていた。
いちばん奥には1人の単独客がいたが、私の少し前に入ったようでちょうどウェイトレスが水を持って行ったところだった。
そして、そこに私という新たな客が入ってきたわけだ。
が、「いらっしゃいませ」もなければ「間に合ってます」もない。
どうやら、店員はいま水をテーブルに置いているお肌の曲がり角くらいの年齢の女性1人だけのようだ。
さきほど入店した男性客に水を置き、そして注文をとっている間は、彼女(仮に井瀬詩麻子としよう)はずっと私に背を向けたままだ。
しかもなかなか注文とりの作業が難航しているようだ。
だが、客が「なんとか冷やしラーメンを作れないか?」というような無理難題を吹っかけているわけではないようだ。詩麻子の要領が悪く、かつスピード感がないのだ。頭も体もゆっくりのんびりリゾート感覚なのだろうか?
私はといえば勝手に好きなところに座っていいものかどうか困ってしまい、入口のレジ横でハンコを待つ宅配便のお兄さんのようにじっと立っていた。私の頭にはラヴェルの弦楽四重奏曲の第1楽章が流れた。
もしかして、ここでレジの中のお金を持ち去っても、彼女は5時間くらいそのことに気づかないのではないか?そうとも思った。
ようやくその客の注文を受けこちらを向いた彼女は、そこで初めて私がご親切にも身勝手な行動をせずにおとなしく待っていたのに気づいたが、「お待たせしました」とか「こちらへどうぞ」と新たな提案をするでもなく、かといって「お好きなお席へどうぞ」と案内するでもなかった。
クアルテットの第2楽章のように、だんだん心が落ち着かなくなってきた私は「好きな席に座っていいですか?」と訊いたが、詩麻子は悪いことをしたなんて気持ちは毛頭ないような感じで愛想っ気なく「どうぞ」と言った。
顔立ちは悪くないのに、この女性は接客業としての根本的なものが欠落しているように思えた。いや、まだ顕在化していないのだと善意で解釈しよう。
いま到着したばっかり、しかもこのホテルに来たのは初めての私に、好きな席も嫌いな席もあったもんじゃないが、私はその男性客とテーブル1つ開けた席に座った。
付いてるって言えるのだろうか?
で、詩麻子は緩慢な感じでやって来て注文をとろうとしたので即答で「カレーライス」と言うと、彼女は「カレーですと、コーヒーが付きますが。360円で」とワケのわかんないことをいうので、「ツケナイデ結構です」と答えた。
詩麻子は“モノが付く”という概念をまだはっきりと習得していないようだ。
詩麻子が私の注文をとってひと気のないカウンターへ帰って行ったあとに、また1人の男性客が入ってきた。
良く言えば、静々と詩麻子がやって来た。
彼は私の隣のテーブルに座った。こんなにあちこち席が空いているのになぜ隣なのかちょっと理解しがたいが、おかげで彼と詩麻子のやりとりが聞こえた。
客「えーと、ピラフお願いします」
詩「ピラフですと食後にコーヒーがついてます。360円ですが」
客「付いてる?いや、いらない」
きちんとした説明の仕方を習わずに表舞台に出てしまった不幸な詩麻子はまた姿を消し、それぞれの思いを秘めた3人の男が食事が運ばれて来るのをじっと待った。 ……続きます、無料で。
ラヴェル(Maurice Ravel 1875-1937 フランス)の弦楽四重奏曲ヘ長調(1902-03)。
ラヴェルが書いた唯一の弦楽四重奏曲(Quatuor a cordes)で、4つの楽章からなる。
ちなみに、彼のライバル(?)のドビュッシーも弦楽四重奏曲は1曲しか残していない。
大木正興氏はこの曲についてこう書いている。
この作品はすばらしい。感覚は新鮮だし、まとまりはきちんとしており、弦の用法は巧妙をきわめ、しかもそれらを綜合して無類の生気と安定性をもっている。……
(最新レコード名鑑・室内楽曲編:音楽之友社「レコード芸術」付録,1976)
前にも紹介した、メロス弦楽四重奏団の演奏を。
1979年録音。グラモフォン。
先日メッセージをいただいていたので、それについてここでお答えしておきたい。
金沢フォーラスのタワレコは大きいですかというお問い合わせだったが、それほど大きくない。
クラシックのCDの点数もそう多くはない。
が、バルシャイ/読響のマーラーの6番が890円、同じくモーツァルトの35番ほかの2枚組も890円と超特価になっていた。
ということで、金沢でCDを買ってしまった私であった。
外見はまったく普通で、むしろてきぱきと動きそうに見えたのですが……