貴重な体験
 昨日紹介したエリシュカ指揮によるドヴォルザークの7番。あえて言うことでもないが、この札響定期演奏会に私は行っていない。

 が、ここはあえて言いたいところだが、今日は私が実際に生でも聴いた演奏をご紹介。


 1982年5月21日に行なわれた、第226回札響定期演奏会のライヴ録音である。

 指揮は朝比奈隆。
 曲はブルックナー(Anton Bruckner 1824-96 オーストリア)の交響曲第0番二短調WAB.100(1863頃-64/改訂1869)。


Sakkyo226th


 当時はブルックナーの第0番の録音なんてほとんどなく、私もFMをエアチェックしたものを聴いていたのだが、そんな幻ともいえる曲を生で聴けるチャンスなんてもうこの先ないかもしれないと、よろこび勇んで(って、あくまで気持ちの話で、そういうアクションを実行したわけではない)会場に足を運んだような気が、今になって思えば、してならない。

 そして実際、この日の夜から現在に至るまでブルヌルを再び生で聴くという機会はないままである。


 第0番という異例の番号がついているが、この交響曲がブルックナーにとって最初に書いた交響曲かというと、そうではない。


 第0番のほんの少し前、1863年に交響曲ヘ短調WAB.99を書いている。
 ただし習作的作品であり、ブルックナーの生前は演奏されることがなかった。
 番号はついていないものの、第0番より前に書かれているので、そう呼ぶのが良いのか悪いのか、上品なのか下品なのかわからないが、ヘ短調の交響曲は現在、第00番(ヌルヌル)の番号で呼ばれることもある。


 番号を与えられなかったヌルヌルのあと書かれたのが第0番だが、ブルックナーはこの曲の草稿に“交響曲第0番。価値のない試作”と書き記している。


Bruckner0Sapporo  最新技術を駆使し匠の技によって蘇る響き
 さて、このCDで気になるのは“音”である。音質、音場、分離……


 このように、最新技術を駆使したそうだ。


 ※ 初発売。ステレオ録音
 ※ 2015年新マスタリング音源使用(SACD層、CD層を別個にマスタリング→SACD層:DSD5.6MHz、CD層:DXD352.8kHz/32bit)
 ※ オリジナル・アナログマスターからの高品位(DSD5.6MHz、DXD352.8kHz/32bit)音源よりデジタル化


 5.6MHzだの352.8kHzだのといった数字がどのような意味を持ち、それがいかにすごいのかはちっともわからないが、名古屋の電流が60Hzであることを考えると、なんだか桁違いに革新的なような気がするのは間違いない。


 日本初演者である朝比奈による、ブルックナー0番の珍しい記録。4度演奏した最後の演奏がこの音源です。
 前年に創立20年を迎えた札響は、より飛躍すべくハイドンのシリーズもこの時開始。前座であるハイドンの交響曲第2番は朝比奈にとっても初出音源です。オリジナルのアナログマスターを活かした高品位のリマスターが、名演を細部まで再現します。……
 収録会場は余韻が少ないと言われていますが、この録音ではそれほどデッドすぎず、各楽器のハーモニー、響きの集積や余韻を感じることができます。録音年代も徐々に新しくなり、音質的なクオリティも上がっていることを実感できる出来です。ハイドンの交響曲第2番は、朝比奈にとって初めて発売される曲。1981年に札響は創立20年を迎え、全定期演奏会でハイドンの曲を入れることになりました。……
 今回の復刻では、札幌交響楽団が保有していたオリジナルのアナログマスターテープより、高品位で2種のデジタル化を行い(DSD5.6MHzとDXD(352.8kHz/32bit))、そのままのスペックでSACD層、CD層用として別々にマスタリングし、製品化を行いました。楽器の個々の音色や当時の会場の空気感までも伝える音質で、ここまで素晴らしい音が残っていたことは驚くべきことです。演奏会場は、これまでの札幌市民会館から、よりキャパの大きい北海道厚生年金会館に変わりました。響きのニュアンスがこれまでと多少異なりますが、楽器の定位や密度感、リアリティはより高まり、スケール感の大きな素晴らしい響きを堪能できます。SACD化でより拡がりを感じることができるでしょう。今回のステレオ音源でも、時代を超えた生々しい響きに驚くことと思います。尚、経年変化や当時の収録方法により、一部にノイズ等の聴き苦しい点がございますことをご承知ください。


 もともとCD化するためにマイクを立てて収録したものではないので、かなりのハンディを背負っているわけだが、「よくぞここまでちゃんとした音に!」というほどの仕上がりになっている。

 もちろん苦しいところはあるのだが、ここまで甦らせるとは「立派!」の一言である。


 また、音が冷たくドライでいくぶん無愛想なのは、上の説明に書かれているようにこのころの札響のホームだった北海道厚生年金会館(現・ニトリ文化ホール)の響きにくいホールのオイタな特性のせいだろう。
 
 なおCDには記されていないが、このときのプログラムには、使用譜は1869年稿ノヴァーク版(1869年版)と明記されている。


 レーベルはフォンテック(タワレコとのコラボ企画)。


  まだはたちそこそこだった札響
 このころの札響は、岩城体制になって8年目。
 岩城によってすでに全国的にもレベルの高いオーケストラとして知られていたが、まだ演奏に硬さというか、全体的にあまり余裕がない感じがする。その一方で、真逆なことだが、ときどきポッと隙ができてしまうようなところもある。


 このときの札響は21歳。
 そしていまの札響の年齢は55歳である。
 あのときはまだ若かった。そして、いまや堂々たる名オーケストラになった。

 そしてまた、技術的には岩城によって鍛えられたのだろうが、最近立て続けに放っているエリシュカとの名演とはまったくタイプの違う演奏をあのころの札響はしていたのだと思う。


 このCDにはプログラムの1曲目に演奏されたハイドンの交響曲第2番も収められている。

 あらためて聴くとなかなかはつらつとした演奏なのだが、当時の私にはこの“ハイドン・シリーズ”が退屈で苦痛だった。ハイドンのどこがいいの?……でも、いま私はハイドンがけっこう好きになった。あのころは私も若かったのだ。


 ついでにいうと、2曲目でモーツァルトのコンチェルトを弾いた野島稔。
 私はこのピアニストの容姿と雰囲気が好きだった。いかにも誠実で優しそうな感じがして。
 でも、演奏はまったく覚えていない。

 若きMUUSANはモーツァルトもまだ苦手だったのだ。