かなり昔の漫画“包丁人味平”。
子どものころ行っていた浦河町堺町の床屋には少年雑誌がズラリと置いてあって、そこで読んだ(んだと思う)。
“味平”が連載されていたのが少年ジャンプだったのか少年チャンピオンだったのか、あるいは別なものだったのかは覚えていないが、少なくともマガジンのような上品な印刷ではなくインクの線が荒々しかったように思う。印刷のせいかもともとの絵のせいかは定かじゃないけど……(勤勉な私がいま調べたところによると少年ジャンプであることがわかった)。
たぶん、この“味平”こそが、元祖・料理漫画じゃないかと思う。
ところで、どうしてそんな展開になったかちっとも覚えていないが、あるとき味平は人相の悪い料理人と焼物対決をすることになる。焼き物対決と言っても湯のみとか花瓶を投げ合う勝負ではない。
揚げ物、煮物と同じ概念である料理の焼物のことだ。
これまたちっともいきさつを覚えていないのだが、それぞれが小舟に乗って海の上で対決していたように記憶している。小舟といっても洞爺湖畔にあるようなアヒルの顔がついたものではない。小さな漁船っぽいものだった(ような気がする)。
それにしても調理するための熱源はなんだったのだろうか?
プロパンガスのボンベでも積んでいたのだろうか?ちゃんと消防の許可をとったのだろうか?
覚えていない……
勝負が始まり、見ている人々がいちいち大げさに感心したり驚いたりしながら進むが、味平は大量の魚を制限時間内に焼けそうもない。
はらはらする。作者の思うつぼだ。
が、床屋だから雑誌は全部そろっている。おっかなそうなお兄ちゃんが続きの号を読んでいない限り、私は次週まで待つことなく続きを読むことができる(つまり古い雑誌に載ってたってこと)。
味平はどうするんだろう?
真剣には心配しないが、そこそこ興味を持った私はページをめくる。
味平がとった行動は大きな鍋でお湯を沸かし、そこに山のような魚を投入することだった。
魚をゆでるのである。
にしても、なんで山ほどの魚を調理しなければならなかったのだろう?
あの当時は気づかなかったが、いま私ははっきりと思う。
あんなに入れたらお湯の温度は一気に下がってしまう。
だいいちあんなにいれたらお湯があふれる。
魚をゆでるなんて相当な臭さになる。
が、そこはお話。魚は煮崩れすることもなく、カモメの大群が暗雲のように鍋の上空に集まるでもなく、無事ゆであがる。
味平はその1匹1匹の胴体に、間隔を空けた2本の焼け箸だか金串だかをジュッと押し当て、2本の焦げ目を皮につけた。
それにしてもあんなゆで方をしたのに皮がきれいに残っているのも不思議である。
箸を焼くのだって結構時間がかかるだろうし……
ゆでた魚に焦げ目だけつけて焼き魚というのは完璧に詐欺だ、偽装だ、ペテン師だ。
しかし味平は小僧のくせに、いや小僧ゆえに偽装なんて言葉を知らないのか、生意気に「鰻のかば焼きだって蒸したものを最後に焼くが、あれをかば煮とは言わない」と、ワケがわかったようなわかんないようなことを誇らしげに言って自分を正当化するのである。
でもさ、かば焼きの方は焼き時間と手間が違うよね、全然。
ところが味平がとった調理法は、実はこの小僧のオリジナルではなく、昔からある手法。その名も“お伊勢焼き”。
伊勢参りで多くの客が来て調理場は大混乱。魚を焼いている時間なんてない。こうして生み出されたのがお伊勢焼きという手法なんだそうだ。んっ、あのサンプルもそれと関係が……まったくないな。
話は鰻に寄り道
代表的な名古屋めしの一つにひつまぶしがある。
この料理は歪んでいない。だって、好きなんだもん。
が、個人的には関西風の蒸さない焼き方よりも蒸してから焼く関東風の方が好きだ。ふわっとした感触が好きなのである。
しかし、関東風のかば焼きをひつまぶしに使うとグチャグチャグニョグニョになってしまうのかもしれない。
The Showa
先日伊勢に行く前にJR名古屋駅の売店で駅弁を買った。
JR名古屋駅で弁当を買って近鉄に乗り、近鉄の車内でJR名古屋駅で買った弁当を食べた。なんだか近鉄に申し訳ないことをしたような気がするが、近鉄の駅には駅弁は売ってない。
私が買ったのはその名もズバリ“昭和”という幕の内弁当である。
ちなみに妻が買ったのはヘルシー志向の何とかいう弁当だったが、いざ食べる段になってそれが東京で製造したものであることがわかり、ひどくがっかりしていた。
幕の内弁当は好きだ。嫌いなおかず、個人的には不要と思われるおかずが入っていたとしても、幕の内には華やかさがあり夢がある。
宇野功芳センセ風に言えば、高級な牛ステーキ弁当も魅力的だがだんぜん私は幕の内をとる、って感じ。
この昭和弁当もそういう夢がある。だがいただけないのが、鮭の切り身である。
焼き鮭とは一っ言も書いてないので文句のつけようはないし、先方としても文句をつけられる筋合いなんてまったくないのだが、この切り身は私の舌がジャッジした結果、蒸し物である。鮭特有の生臭さが残っていたからである。
私は蒸した鮭が持つ、特有の生臭さというか鮭臭さが得意ではないのだ。
ただ一部の高級鮭おにぎりは別として、コンビニでもスーパーでも駅弁でも焼き魚に見えるものはだいたいが焼き魚風お伊勢焼きスペシャルである。
いや、焼き目が1mmも付いてないことも少なくない。こうなるとお伊勢焼きではなく焼き魚風煮魚か焼き魚風蒸し魚である。全国的に惣菜類の焼き魚(とこっちが勝手に判断するもの)は歪んできつつあるのだ。
〇〇風って便利な言葉ね……
呂のことは忘れろ!
モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)のピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331(K6.300i)(1783)。
このソナタの終楽章(第3楽章)はロンド形式で書かれているが、そこには「トルコ風(Alla Turca)」と記されている(掲載した楽譜は全音楽譜出版社のもの)。
この楽章こそが有名な「トルコ行進曲(Turkischer Marsch)」である(なお、ベートーヴェンも「トルコ行進曲」という作品を書いている)。
そのためこのソナタ自体を「トルコ行進曲付き」と呼ぶことも少なくないが、“付き”と言われても別に付けてるってワケじゃあないし……
で、いったい何がトルコ風なのかというと(“呂”という字が見えたような気がした人はエッチな人であろう)、トルコの軍楽隊を模したリズムが出てくるからなんだそうだ。
なおこの曲、ピアノ・ソナタと言ってるくせに構成する3つの楽章のどれもがソナタ形式では書かれていない。
内田光子の演奏で。
1983年録音。フィリップス。
歪んだ名?それとも何か特別な意味がこもってる?
幕の内弁当といえば、支社からは少しばかり歩かなくてはならないが、FANNYという喫茶店の日替わりの“ファニー弁当”はボリューム満点で味も良く、なのに680円というハイ・コスト・パフォーマンスを誇るメニューだ。
テイクアウト用ではなくきちんとした容器に盛られたもので(これを持ち帰ったら窃盗にあたるだろう)、ご飯もおかずも熱々。つまり作り置きではない。
私はすっかりお気に入りだが、唯一の欠点は魚の切り身がお伊勢っぽいところである(断定はできていない)。
また、“ファニー”なら量が多すぎるという人のために、一回り小ぶりな容器に収められた“ヘルシー弁当”(600円)も用意されている。
私はいつも“ファニー弁当”を頼んでタラフクになってしまい、次回は“ヘルシー弁当”にしようと決意するのだが、行くとまた迷わず“ファニー弁当”を頼んでしまう。これほど迷いがないため、他のメニューを頼んだことがないほどだ。
ファニーっていうくらいだから食べるとおかしな気分になるかというと、そうではない。
というのも、この店の名の綴りは上に書いたようにFUNNYではなくFANNYなのだ。
FANNYというのはアメリカ俗語で尻のことである。
モーツァルトならその場でカノンの1つの作曲してしまいそうだ。
ちなみにモーツァルトには、
「おれの尻をなめろ(Leck mich im Aesch)」K.231(K6.382c)(1782頃)
「おれの尻をなめろ,きれいにな(Leck mir den Arsch fein recht schon sauber)」K.233(K6.382d)(1782頃)
という作品がある。前者は6声、後者は3声のカノンで、詞はともにモーツァルト自身による。
このFANNY、イギリス俗語だと尻どころか……いやっ!そんなことここではとても書けない。
店主はなにか深い意味を込めてこのような店の名にしたのだろうか?それとも……
ここの女性店員たちがまたすごい。列をなして待っている客を次々と空いた席を見つけては案内していく。
受けた注文の記憶も正確。てきぱきと受注、厨房への伝達、料理の供給、会計、後片付けをてきぱきとこなす。
そして会計のときに必ず「ご相席にご協力いただきありがとうございました」と言う(1人で行けばもちろんのこと、2人でもほぼ確実に相席となる。前回2人で行ったときは、私の向かいは1人で来ていた初老の女性だった)。
その一言がうれしい。
この“風”はまがいものに非ず
先日こちらのファミリーマートで“帯広風豚丼”という新商品が売っていたので買ってしまった。
結論から言うとふつうに美味しかった。
だからリピートしてしまった。1回だけだけど。
“帯広風”とあるが、これは牛丼チェーン店の出す煮込んだ豚肉による豚丼-つまり牛丼の豚肉版-と区別するためのもので、帯広の豚丼風の代物という意味ではない。
本場帯広のものと違うのは、肉の下にやわらかくなるまで火を通されたタマネギが若干だが入っていることである。
ちなみに帯広(十勝)の豚丼は、その昔養豚が盛んになった十勝で手軽に豚肉を食べる料理として鰻丼を真似て作り出されたもの。生みの親はいまも帯広駅前にある人気店“ぱんちょう”の創業者だそうだ。
先日の新聞に4月6日10:00から吉野家が4年4か月ぶりに豚丼メニューを復活するという囲み記事が載っていた。
こちらは自慢のタレで煮込んだものらしく、帯広風ではない。


ひつまぶしはもともとはうな丼やうな重のウナギの端切れを食べるために作られた混ぜご飯だそうですが、そういう生い立ちのくせに今や異様に高価な料理です。