BerliozSForozco  今日のタイトル、あなたはどう解釈しましたか
 1月15日は昔は成人の日だった。
 だから、今日は旧・成人の日である。
 私はそういう意味で書いた。

 が、私に対し悪意がある人は、成人式を迎えたのははるか3億光年の昔、つまり旧い成人である私にとって、今日は何か意味があるの日だと解釈するかもしれない。

 違います。
 勘違いです。
 考えがねじ曲がってます。

 そういうわけで、以下に書くことはこのタイトルと全く関係のない内容である。

  韓国とはまったく関係ないです
 昨日は私のソウルフードの一つということで、びっくりドンキーのハンバーグを挙げた。
 でも言い過ぎだったような気がしないでもない。私自身びっくりしたのだがドンキーに行ったのは数年ぶりだったからだ。何年もがまんできるということは、ちっとも魂の食べ物じゃないのかもしれない。

 また、ソウルフードがママの味もしくは母の味あるいはおふくろの味、厳密には郷土料理、もっと言えば本来はアフリカ系アメリカ人の伝統料理ではなく、外食であることに違和感をおぼえた方もいらっしゃるかもしれないが、外食がダメだという定義はないようだ。
 だいいち私の母は料理が下手だった、作りたがらなかった、努力を怠っていたわけで、懐かしい家庭の味というのはほとんど存在しない。強いて挙げれば湯豆腐か?……


 さて、今日は私のソウルミュージック。

  キョマン、ゴマン、ホロマン
 とはいえ、それはごまんとある。これこれ、5万曲ではないぞよ。とてもたくさんあるという意味だ(ネット情報によると“ごまんと”は漢字で“巨万と”と書くらしい。キョマンかぁ……。それと、私が長年使っている国語辞典には“ごまんと”が載っていない)。

 極端なことを言えば聴きたい曲がそのときのソウルミュージックってことになるのだが、そのなかでも愛着の強弱がある。何を書きたいのかわからなくなってきたので、私の魂にとって重要な数ある作品のなかから今日は“幻想”。


 “幻想”というと私の場合は通常ベルリオーズ(Hector Berlioz 1803-69 フランス)の幻想交響曲(Symphonie

fantastique)Op.14,H.48(1830/改訂1831)をさす。
 H.番号はマンはマンでもキョマンじゃなく、ホロマン(D.Kern Holoman)による作品目録の番号である。

 
 しかしこのごろは、美しい女性を見かけて胸キュンという体験をしていないし、舞踏会に出かけたい気持ちにもならないし、断頭台に向かいたい気分ではまったくない。
 要するに、幻想交響曲が持つ刺激的な標題要素は、私の私生活にはないのである。

 そんなわけで、あまり劇的効果を狙ったものではなく純音楽的アプローチの演奏をここ数日聴いている。

 オロスコ=エストラーダ指揮ウィーン・トーンキュンストラー管弦楽団のものだ。

 物足りないくらいていねいに進行する“幻想”だ。


 オロスコ=エストラーダは1977年コロンビア生まれの指揮者で、コロンビアのことは全然知らないながらも勝手な思い込みからもっと熱い演奏をするのかなと思いきや、ちっとも情熱的じゃない。むしろクール。
 クール&テイネイなわけ。

 きっちとした演奏だが、私にとっては自身の日常のように刺激がなさすぎる。
 日々の生活に刺激がありすぎるのも困ったものだけど……


 第1楽章提示部の反復あり。
 第2楽章のコルネットの助奏なし。
 第4楽章の反復あり。
 第5楽章の鐘は安っぽい深みのないカンカンという音で、私の好みじゃないタイプ。


 2012年ライヴ録音。Oehms。 


 昨日の朝、お仕事に向かうために外へ出ると雪がごまんと積もっていた。
 私に断わりもなく、ひっそりと夜中のうちに降ったのだった。