MurakamiShokugyo  妬みによる攻撃?
 ただ僕が作家になり、本を定期的に出版するようになって、ひとつ身にしみて学んだ教訓があります。それは「何をどのように書いたところで、結局はどこかで悪く言われるんだ」ということです。たとえば長い小説を書けば「長すぎる。冗長だ。この半分くらいで書けるはずだ」みたいなことを言われますし、短めの小説を書けば、中身が薄い。すかすかだ。明らかに力を抜いている」と言われます。同じ小説があるところでは「同じことの繰り返しで、マンネリだ。退屈だ」と言われたり、別のところでは「前の方が良かった。新しい仕掛けが空回りしている」と言われたりします。考えてみたら、既に二十五年くらい前から「村上は今の時代から遅れている。もうおしまいだ」と言われてきました。……

 もうひとつ、日本国内における僕の作品や僕個人に対する風当たりがかなりきつかったということがあります。僕は基本的に「欠陥のある人間が欠陥のある小説を書いているんだから、まあなんて言われても仕方あるまい」という風に考えていますし、実際に気にしないようにして生きてきたのですが、それでも当時はまだ若かったし、そのような批判を耳にして、「それはあまりにも公正さを欠いた言い方ではあるましか」と感じることはしばしばありました。私生活の部分にまで踏み込まれ、家族を含めて、事実ではないことを事実のように書かれ、個人攻撃されることもありました。……

 以上は、村上春樹の「職業としての小説家」(スイッチ・パブリッシング)で述べられている一節である。

 まあ、どこにでもあるんですね。
 村上春樹氏はこうしてしばらく海外へと居を移したのでありました。

IfukubeTuduru  西欧第一主義者からの非難
 まあ、そんなわけで(チェレプニン賞に)作品を送ったんですが、その時ひともんちゃくありまして、日本で一度応募作品をまとめた時、ある審査員が私の作品を「これはひどすぎる。国辱ものだから送るのをやめよう」といい出したのです。当時としては、音楽として認められていない、まあ、田舎風というか、日本の旋律から出来ていたりして、「とんでもない」というわけです。
 大木正夫さんという作曲家が、「審査するのはパリで、とにかく送料も取っているいるのだから作品は送るべきだ」と一人で頑張ってくれて、「それもそうだ」とようやく送られることになった。
 チェレプニン賞の知らせが入ったのは昭和十年十二月十七日で、この時も「間違いではないか」と問い合わせの電報がパリにいったほどです。「北海道の厚岸なんかに、オーケストラを書ける作曲家なんているはずがないじゃないか」って。
 これらの話は戦前、大木さんと一緒に中国を旅行した時「おれのお蔭だよ」と教えてくれたのです。

 こちらの文は「伊福部昭綴る」(ワイズ出版。初出は1985年北海道新聞夕刊「私のなかの歴史 ― 北の譜」)に書かれているもの。

 日頃ドイツ音楽こそ音楽なりのように考えていた当時の日本の楽壇においては、なんでそんな田舎者の作品が……ということだったのだが、これは嫉妬というよりも日本の恥という、間違ってはいるものの純粋な気持ちから出てきた非難だったのだろう。

 伊福部の運命を救ったという大木正夫は1901年静岡生れ。「日本の作曲20世紀」(音楽之友社)によると、“社会的テーマを管弦楽の多彩な響きで標題的に描写するもので、モダニズムの影響を反映しつつ、民謡主題を使う等独特の響きを創り出した”。1971年に亡くなっている。
 作品には「農民交響曲」、「工場交響曲」、交響曲第5番「ヒロシマ」、合唱曲「わだつみのこえ」などがあるが、私は氏の作品を耳にしたことがない。

IfukubeSymphonyConcertante  伊福部としては最も実験的な曲?
 伊福部昭(Ifukube,Akira 1914-2006 北海道)の「ピアノと管絃楽のための協奏風交響曲(Symphony Concertante for piano  and orchestra)」(1941)。

 「伊福部昭綴る」で小林淳は、

 〈血液の審美と現代のダイナミズムの結合〉と〈私の個性と北方感覚の参加〉が創作上のコンセプトとなったという『ピアノと管絃楽のための協奏風交響曲〉は、当時の日本楽壇において尖端的前衛作品とみなされ、また日本のオーケストラ技術では十分な演奏成果があげられないこともあって永らく再演されず、〈幻の大作〉と長年にわたって称されていた。

と述べている。

 この作品については過去のここで詳しく取り上げているので、勉強熱心なあなたはお立ち寄り下さることと思うが、氏の楽曲の中でもなかなか前衛的なものである。が、まったくもって無機質という言葉とは正反対の性格をもっているところもすごい。民族的な血液がドクドクと流れているのである。

 舘野泉のピアノ、大友直人指揮日本フィルハーモニー交響楽団の演奏。

 1997年録音。ファイアバード(キング)。

 村上春樹氏の傷はしかし、伊福部昭が受けた世間からの無視、つまはじきに比べれば小さいものだったかもしれない。まあ、比較できるようなことじゃないけど。

 けど、村上春樹が嫌になってある種の冷却期間のためのに日本から海外に行ったのに対し、伊福部は逆に北海道から東京へと勝負しに出て行ったのは対照的である。

 そんな私は今日東京へ向かう。
 なんも勝負する気はありませんけど……