狩猟とは関係ない大狩部の由来
苫小牧と様似を結ぶJR日高線。
厚賀(あつが)と大狩部(おおかりべ)の間で水害による線路障害が起こったあと、いまだに回復の目途が立っていない。
そのため、鵡川と様似の間という日高線の大部分が不通のままで、列車は苫小牧⇔鵡川のみの運転が続いている。
大狩部って、名前の由来は狩りで大きな獲物を仕留められるところといったものかと思ったら、アイヌ語の“オ・カル・ペツ”(川尻が曲がっている川)に由来するという。狩猟とは関係ないということだ。
私がむかわ町(鵡川町と穂別町が合併してむかわ町となった)に向かったのは、日高線の列車を見るためと、むかわの美味しいレタスを直売所で買うためでもあった(そのためだけではないけど)。

鵡川駅の前には静内行きの代行バスが停まっていた。静内から先は通常の路線バスを使うことになるようだ。
そのバスが停まっているということは、もうすぐ列車が来るということだ。
私は近くの跨線橋の上で待った。いや、だから列車を。
ほどなくして2両編成のディーゼルカーが姿を現わした。
車両は日高線専用であり、そういうペイントがなされている。
かつては急行が走っていたのに……
子どものころ5年間浦河に住んでいた私は、札幌の祖父母のところに遊びに行くときなどよくこの路線を利用した。
もちろん国鉄時代のことである。
当時は急行“えりも”が札幌⇔様似を走っていた。このように国鉄を利用するようになって、私は鉄道好きになったのである。
当時の車両は肌色とオレンジ色の、いわゆる国鉄色塗装。
鵡川駅に降り立ったことはないが、どこかなじみがある気がするのはそのように何度も通ったせいだ。

駅をあとにし、そこからほんのちょっと静内側にある踏切に行く。いまはこちらに列車が進んでくることはない。不通だもの。
踏切を示す道路標識。
ここは非電化区間なのに電車の絵。なぜ電車だってわかるかって?パンタグラフが描かれているもの(こーいうところは突っ込んではいけないのだろう。蒸気機関車が描かれているよりは、ずっと実態に近いわけだし)。
そして、踏切横のレールには枕木が。
“マクラギ設置”。
実にわかりやすい。が、誰に対して訴えているのだろう?いたずらと勘違いされ騒ぎにならないよう、当たり前のことをきちんと説明しているのだろうか?
ところで、このような状況でも、自動車で踏切を渡るときに一旦停止しないと警察に捕まってしまうのだろうか?
メゾン・ホッキとかレタス・ハイツは見かけなかった
ちょいと街の中をウロウロしてみる。
鵡川といえばシシャモが有名だが、このアパートの名はすごい。
干物製造場所と勘違いしそうだ。
そして“ぽぽんた市場”というところでレタスを、農協のスーパーでタバコを、ついでに農協のスタンドで洗車をし、門別へ向かったのであった。
ところで写真の鵡川の駅舎だが、壁に“8.0”という看板がついているのにお気づきになっただろうか?
これはこの場所が海抜8.0mであるということだ。
3.11の大津波のあと、海沿いの町ってちょっぴり怖く思う。
報われたり裏切られたり……
ハイドン(Franz Joseph Haydn 1732-1809 オーストリア)の交響曲第73番ニ長調Hob.Ⅰ-73「狩(La chasse)」(1782)。
当初の編成はfl,2ob,2fg,2hrn,弦楽だったが、のちに2本のトランペットとティンパニが加えられている。4つの楽章からなる。
タイトルの「狩」はハイドン自身が楽譜の終楽章に書き込んだ「La chasse」によるが、この楽章はもともとは歌劇「報われた誠意(La fedelta premiata)」(1781初演)の第3幕の前奏曲。それが交響曲第73番の終楽章に転用されたのだが、歌劇の前奏曲は狩りの場面を描写したものなのである。
私はこの曲の第1楽章の主題が異様に好きである。
ドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカの演奏(1970年録音。ロンドン)を私は聴いている。
ハイドンには「裏切られた誠実」という歌劇もある(こちらを参照のこと)。
報われたり裏切られたり、誠意をもってしてもどっちに転ぶかわからないってことか……
