SchumannSalle  国民の声は無視され続ける……
 10日ほど前の北海道新聞朝刊の読者投稿欄“読者の声”に、暴走首相に対する一道民の怒りの声が載った(文末に誌面を掲載)。

 いや、このところ当欄には同じような声がよく載っている。そのなかでもこの恭子さんの投稿は簡潔ながらも的を得たものだ。


 もちろん首相のやり方に賛同する国民もいるのだろうが、そういう人たちはあえてこのような場に擁護の言葉を寄せる必要がないと考えているのか目にすることはない。

 それでも、反首相の声が高まっているのは間違いなさそうで、いろいろな新聞紙上で真の正体がじゃっきりしないまま突き進む危機に対する怒り、懸念、失望の声が寄せられているのだろう。

  強引なのは首相だけじゃない?
 シューマン(Robert Schumann 1810-56 ドイツ)の「アベッグ変奏曲(Thema und Variationen uber den Namen BEGG)」Op.1(1829-30)。


 主題と4つの変奏曲、そして終曲からなるピアノ独奏曲で、シューマンがまだハイデルベルク大学の法科に籍を置いていたときの作品。
 この年、1830年の9月にシューマンはピアニストになるべくライプツィヒに移りヴィークに師事することになる。ヴィークはのちにシューマンの妻となるクララの父である。
 
 パウリーネ・フォン・アベッグという架空の人物に捧げられたが、その人物のモデルはシューマンの友人の恋人のメータ・フォン・アベッグ。彼女の名の綴りであるA-B-E-G-Gの音列から主題が作られている。
 A-B-E-G-Gの音型は初めに上向形で、そのあと逆行の下降形で用いられ、それが主題となっている。


 奥泉光の小説「シューマンの指」(講談社文庫)には次の一節がある。


 綴りの音名を使った音楽作りは、作品1の《アベッグ変奏曲》で早くもなされている。これはマンハイムの富裕な商人の娘であった Meta Abegg の姓からとった A-B-E-G-Gの音列から主題を作ったものだ。もっとも、こうしたやり方はシューマンの発明ではない。……

 Op.1という最初期の作品のせいかロマンティックな雰囲気は薄いし、メロディーもすごく魅力的とは言い難い。どこかの首相ほど強引ではないかもしれないが、そもそもこの名の音列で主題を作ったことに無理がある感じがしないでもない。

 なお、この曲は1831年に楽譜が出版されたが、楽壇からはほとんど無視されたという。


 リーズ・ドゥ・ラ・サールの演奏を。

 力強く明快だが澄んだ音色がこの作品によく合っている。


 2013年録音。naive。

 ハロルド・C・ショーンバーグは「大作曲家の生涯(上)」(共同通信社)のなかで、次のように書いている。

 シューマンほど生存中に嫌われた大作曲家は少なく……


 いえ、なんでもないです。

20150604Doshin