クルミを甘く見ていた私先週の土曜日にヌップクガーデンに行ったこと、その帰りに薄暗いレストランでカツ丼を食べたことを報告したが、そのときに農産物直売所にも立ち寄った。
そもそもまだ青物野菜の最盛期ではないし、訪れた時間も昼過ぎだったこともあり、野菜類は完売。
根菜類はあったが、私が買ったのは木の実、クルミであった。
クルミは健康に良い。近ごろの私は、そのいろいろな効能を体に取り込むべく、リスのように日々とは言わないまでも、たまに食べているのである。
殻を剥いてあるクルミは手間がかかっているので当然のごとく割高。
そこでたっぷり袋に入った殻のままのものを買った。粒はやや小ぶりで固そうだが、こんなもん手で割れるに決まってると思ったのだ。
というのも、私が育った家 -それはもともとは祖父母が住んでいた場所だった- には大きなクルミの木があり、毎年落ちたクルミを拾い、集め、乾燥させ、それを日々、私は食べはしなかったが、誰かは食べていたようだ。
その実(種)は今回買ったものより大きめで、2個を手のなかでカリカリ擦り合わせると、徐々に艶が出てくる。たぶん握力もついてくる。じいさんはときどきそうやって戯れていた。
そしてまた、ぐっと力を入れて手を握り締めると2個のうち1つは案外とたやすく殻が壊れたものだった。
だから今回も2個を握ることでどちらか1個は簡単に割れると思った。
近ごろのクルミは小ぶりだが強固?しかし帰宅後、その判断は間違っていたことを思い知らされた。
中心まで殻なのではないかと思うほど固いのだ。
しょうがない。殻割りの器具を買おう。
そう思って夕暮れの街をとぼとぼ歩き100円ショップに行った。
あった!
さすが100均!
と思ったら、銀杏など比較的柔らかい殻の種のためのもので、ご丁寧に“クルミなどの硬い殻には使用できません”という注意書きがある。ここで初めて一般的にはクルミの殻というのは硬いものなんだということを知る。
じゃあ、実家にあったクルミはなんだったんだ?殻が薄い品種だったのだろうか?それとも根性のない木だったのだろうか?あるいは、あのころの私やじいさんは、電話帳を裂くことができるくらい握力があったのだろうか?
100円ショップの中をぐるぐる回り、代用品を探す。
ペンチ。
これなら家にあるし、だいたい最大に開いてもクルミをはさめるまでにはいかない。こんなのを使って無理に殻をつぶそうとしたら、絶対間違って指か何かをはさんでしまいそうだ。
ハンマー、あるいは肉叩き。
これなら割れるのは間違いない。が、トントンやるのは近所迷惑だ。
こうして私が選んだのは石焼ビビンバなどの熱い鍋をつかむためのヤットコ状の器具だった。その名も“鍋つかみ”。円状のところにクルミをはさめばうまく割れそうだ。熱い鍋をつかむには心もとない道具ではあるが、クルミを割るのには使えるだろう。
家で試す。
全然ダメだった。熱い鍋をつかむには心もとないが、クルミを割るにはおととい来やがれ!ってほど無力だった。ゴジラにフォークリフトで立ち向かうようなものだ。
クルミの殻はミシッどころか何の音も出さず、変形もせず、グリップを持つ私の手の骨がミシッと鳴りそうだった。あれ以上力を加えたら、クルミは無傷ながら私の指か道具の方が崩壊しただろう。108円損したと同時に、もともと極小だった妻に対する威厳がミクロ化した。
お高いのはあまり売れる物じゃないから?次にインターネットでクルミ割りを探した。
そういえばどこかに出張したときに、どこかのみやげ店でいろんなクルミ割り人形が並んでいたのを思い出した。左に載せたDVDのと同じような人形だった。
でもあれはどこだったのだろう?あまり海外出張の経験はないから国内だと思うが、でもどこだったか場所がまったく思い出せない。指宿温泉の売店や東京タワーのショップでクルミ割りの人形が売ってたとは思えないし……。やはりヨーロッパに行ったときのことだったのだろうか?
クルミ割りの器具は予想以上に高かった。
巨大なペンチみたいなものなのに、直売所で買ったクルミ1袋の価格よりも、安いものでも10倍近くする。
そりゃそうか。外国ならいざ知らず、日本ならこの道具がたくさん売れているとは思えない。国産のクルミ割り器があること自体、ちょっとした驚きだ。
ということは、それが人形に仕立てられたものならもっと高いはずだ。それをクリスマス・プレゼントでもらって喜ぶ少女がいるということに初めて納得がいった。
クララのことだ。ハイジの友だちのクララじゃなくて、マーシャと呼ばれることもあるホフマンの童話に出てくる少女だ。
スリッパ攻撃の方が有効とは……チャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-93 ロシア)の組曲「くるみ割り人形(The Nutcracker)」Op.71a(1892)。
バレエ「くるみ割り人形」Op.71(1891-92。2幕3場)から、小序曲、行進曲、こんぺい糖の踊り、トレパーク、アラビアの踊り、中国の踊り、あし笛の踊り、花のワルツの8曲を組曲にしたものである。
E.T.A.ホフマンの童話のタイトルは「くるみ割り人形と二十日鼠の物語」。A.デュマがこの童話をフランス語に訳したものをもとに、M.プティパがバレエの台本を書いた。
バレエについてはここやここなど、以前にも何度か記事で取り上げているが、その筋は、クリスマス・イヴにクララがプレゼントでもらったくるみ割り人形が、夜中に二十日鼠の大軍と対戦。クララが二十日鼠の大将にスリッパを投げつけて、ねずみたちを撃退する。するとくるみ割り人形が王子にになり、命を助けてくれたお礼にとクララをお菓子の国へ招待する。しかし、それはクララがクリスマス・イヴの夜にみた夢だった。そこで幕。
アバド指揮シカゴ交響楽団の演奏で。
この手の曲はメロディーラインを強調してはいるものの、どこか安っぽくなる傾向の演奏が少なくない。
しかし、さすがアバド。引き締まった貫録ある仕上がりになっている。もちろん、チャイコフスキーの優美さは失われていない。
1991年録音。ソニークラシカル。
ということで、「いちばん安いクルミ割りを買ったとしても、剥きクルミが何袋も買える。という妻の冷静な忠告を私は受け入れた。
出来心で買ってしまった50個はあるクルミは自宅に持ち帰って、水道栓用のプライヤーで割ってみようと思う。
あれなら強い力をかけることができそうだ。
そして、クルミの殻がスタッドレスタイヤにまで採用されている理由も、ほんの少しだけわかった気がした。

漫画は何回か通しで読んだんですけどね。ずいぶん前のことだから忘却、です。
殺鹿犯に懸賞金っていうのは日本じゃあまり考えられないですね。