
金曜日の真夜中、1週間の疲れを癒す土曜日へと日付けが変わったときのことである。
「キュィーン!キュィーン!キュィーン!」
突然の大音響が外から聞こえてきた。
このときの私はすでに寝入っていた。だから最初は何が起こったかさっぱりわからなかった。
また雪解けに浮かれた族(やから)が、いかにも燃費が悪そうに改造した車で暴走&騒音行為を始めたのかとも思ったが、それにしては音が巨大すぎる。爬虫類系の怪獣が出現、その鳴き声だと言われればそのようにも聞こえる。
するとまた「キュィーン!キュィーン!キュィーン!」。
とにかく寝静まった街を暴力的に叩き起こすような、尋常じゃない音だ。それが何度も繰り返される。
しかも「キュィーン!キュィーン!キュィーン!」のあとに、男性の声でわれわれ人類に対し何かのメッセージが語られていることに気づいた。この音とメッセージの声に加え、同じく巨大な音でたまにチャイム音も入り込む。チャイム音の出現は規則性が無いように思われた。
そのメッセージ。
「おやすみ中のみなさん。大変お騒がせします。日曜日は投票に行きましょう」とでも言ってるのだろうか?もしそうだとしたら、こんなことして、絶対に行ってやらない。
火事か?火災報知機作動!
私は起きあがりリビングの窓を開けベランダに出てみた。
当然寒かった。
「キュィーン!キュィーン!キュィーン!」
それは長崎屋の屋上あたりから放たれていた。びっくるするほどの音である。
そのあとの男の声も、外に出てようやく話している内容がわかった。「ただいま火災報知機と非常放送のテスト中」というようなことを、すまして言い放っていた。
はぁ?午前0時に火災報知機のテスト?非常放送のテスト?
アホか!バカか!気違いか!狂ってる!
3回の「キュィーン!」のあと、このアナウンス。アナウンスは録音されたものだとわかる。たまに咳こんだりすることも、つっかえることもないから。
なぜこんなことをしているのだ?
考えられるのは、
1. 深夜、客が誰もいなくなったときに、本当にテストしている。
→ あり得ない……。建物は漆黒の闇であり、誰も居残っているとは思えなかった。それにこういうテストは、常識的に朝の開店前にするもんじゃないのか?
もし、本当にこの時間にテストしてるんだったらこの店、2度と行かない。いや、迷惑行為で訴えてやる。こういうことを発想する管理者がいる建物自体に入り込みたくない。
2. なんか知らんが誤作動。
→ あり得る。が、火災報知機の誤作動ならともかく、火災報知機のテストが誤作動で行なわれるってあるのか?
3. 誰か怪しい者が建物に侵入。変なボタンを押してしまった。
→ ややあり得る。が、それなら事件。パトカーのサイレンが聞こえてきてよいはずだ。
しかし、すぐにパトカーが駆けつけるということはなかった。やはり老朽化した装置の誤作動、もしくは店に恨みを持つ従業員がタイマーか何かをセットして嫌がらせをしたとしか考えられない。嫌がらせを受けたのは誰もいない店ではなく、私をはじめとする近隣住民なわけだが。
こんなに巨大な警報音(ということがアナウンスからわかったわけだが)が鳴り続けているのに(結局30分以上は鳴り続いた。そのうちこの巨大な騒音にも慣れ、寝てしまった私もすごい。妻は耳栓は?とか言っていたが、やはりたぶんそのまま再び眠った)、すぐにパトカーがやって来ないのはなぜだろう?
騒音をまき散らす街宣車や暴走族がいたら駆けつけるはずなのに、いま迷惑行為をしている相手は座礁した巨大老化客船のように動かずにじっとしている建造物なのだ。交番も近くの駅の前にあるので、この尋常じゃない音に気づかないわけがない。
気づかないとしても、誰かが通報しているはずだ(私はしない。他力本願)。
なのに、警察も消防も自衛隊も来なかった。
寒いのですぐにベランダから中に入ったが、珍しく通行人の姿があった。
が、この人も特段変わった動きをしていなかった。
待てよ……
長崎屋の屋上から聞こえてきたように思ったが、もしかして音の発生源は別なところか?
いや、そんなことはない。
この甲高い電気的サイレン音が出てくる方向は、そこ一帯が、長崎屋の建物なんだから。
謎は残る。
しかし、あり得ない出来事だ。
人生でこんなこと-深夜に火災報知機のテスト-で眠りを妨げられるなんて、想像もしていなかった。
こういうときって誰がどのようにどこに連絡して音を止めるんだろう?
守衛がいるんじゃないかって?だったらすぐに止めると思うが……
こちらはサイレンにウルトラ対位法
ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の交響曲第2番ロ長調「十月革命に捧げる(To October)」Op.14(1927)。
なんでこの曲を唐突に取り上げたかというと、ここに詳しく書いてあるようにサイレンが3回鳴るから。
そーゆーこと。
ただし、長崎屋からの(と思われる)サイレン音は、この曲のサイレンと違って音域が高くてけたたましく、また3回ではなくて3回1組のユニットが何回も十何回も、もしかすると二十何回も、いや実際にはそれ以上も繰り返された。それが深夜の帯広の街に鳴り渡ったのだった。
コフマン指揮ボン・ベートーヴェン管弦楽団、ウクライナ国立合唱団による、変に気負いのない“粛々と”した演奏を。
2004年録音。MDG。
例えばここに書いているように、コフマンのショスタコーヴィチはどの交響曲も客観的でスタイリッシュなアプローチ。私はとても好きである。
けど通報したら、いろいろ聞かれそうで、眠らせてもらえなくなるような気がしたので……