思いがけぬ再会
岩崎ミチさんのことを覚えていらっしゃるだろうか?
たとえ名前は知らなくても、きっとどこかでその笑顔に出会っているはずだ。
なぜなら、新聞や雑誌などに多数登場しているから。
以前、私は1つの疑問を呈した。
その写真には“2005年撮影当時87歳”というキャプションがついているからだ。
なぜそんな昔の写真を使い続けるのか?
うがった見方をすれば、現在の姿は紹介できないような状態になってしまったのだが、健康食品の広告モデルである以上、それは公開できないのではないかということになる。
何しろ撮影時から10年が経とうとしているのだ。
果たしていまミチさんは?
そんな私の疑問、疑念、言いがかりに堂々と答えるかのように、先日新聞広告がのった。
元気だったのだ!
何よりである。
この10年の間にミチはお風呂場で転んだ。そして骨を折った。みっちりと3週間リハビリもした。
この10年間でミチの足腰は弱った。食も細くなった。
でも10年前と変わらず、ミチはハツラツ明晰でいられている。
そして最近は曾孫が遊びに来るようになった……
10年前は和装だったミチさん。
今回はおしゃれな洋装で登場だ。
メガネをやめてコンタクトにしたのだろうか?
いろんな意味で変わっていて、もしたぶん街ですれ違っても彼女が岩崎ミチさんとは気がつかないだろう。私は。
ところで90歳で初産だった女性がいる。
サラだ。
旧約聖書創世記第17章にそのことが書かれている。
サラは90歳。夫のアブラハムは100歳。この2人の間に男の子が産まれた。イサクである。
この創世記を詞にした音楽作品がある。
ペルト(Arvo Part 1935- エストニア→ドイツ)の「サラは90歳だった(Sarah was ninety years old)」(1976/改訂1990)である。
この曲についてはここで取り上げているので、これ以上話は発展しない。
師の影響をほとんど受けなかった女性作曲家
ところで今年96歳ということは1919年の生まれと思われる。
とすれば、ウストヴォリスカヤと生まれ年が一緒だ。ウストヴォリスカヤはもう亡くなってるけど……
そのウストヴォリスカヤ(Galina Ivanovna Ustvolskaya 1919-2006 ロシア)の「ピアノ、弦楽とティンパニのための協奏曲」(1946)。
ウストヴォリスカヤはショスタコービチに師事したが、やがてその作風は独自の方向に進み、その作品にはショスタコの影響らしきものはみられない。しかし実質的にOp.1となるこの協奏曲には、深刻さと喧騒のオモテとウラの表情がショスタコっぽい。
単一楽章。
曲の終わりで同じフレーズがしつこいくらいに繰り返されるのが妙に私の心を喜ばせる。
リュビモフのピアノ、シフ指揮ドイツ・カンマー・フィルの世界初録音の演奏を。
この曲はリュビモフに捧げられている。
1995年録音。エラート。
すまない。
現在廃盤状態継続中、中古品入荷見込み無し、である。
ミチさんには到底全然明白にかなわないが、そんな私は昨日誕生日を迎えたのだった。
ありがとうございます。
めざせるわけないでしょ!(笑)