も一度先週の話“建国記念の日”に百貨店の沖縄大物産展を見に行き、その催し物がたいそう混んでいたことに驚きを隠せない私だったが、それはともかく沖縄物産展とは縁もゆかりもない紳士洋品フロアで紳士の私はネクタイを購入したことはすでに報告したとおりである。
翌12日。
私たちは昼食を食べに〇〇楼に行ったが、ここも混んでいた。
8人ほどの、明らかに年金を受け取っているであろう世代のご婦人がたが円卓を囲んですでに食事をしていたが、そこは椅子席ではなく座敷席なわけで、おっちゃんこしなきゃならないのは彼女たちにとっては相当きついらしく、もちろんじっくり眺めたわけではないが、チラ見したところ、全員が円卓の下で揃いも揃って足を円卓中心部に向けて伸ばしていたのが印象的であった。
偶然にも円卓の半径は彼女らの足の長さよりはやや長いようで、お互いの足、たとえば12時の位置に座ってるおばあさまと6時の位置に座っているばあやの足の先が接触するなんてことは見事に回避されていた。あの状態でそっくり円卓を取り除くことができ、かつ鳥瞰できたなら、オールド・シンクロナイズド・スイミングの演技中と錯覚してしまうかもしれない。
で、私はといえばいつものように-その日は係りの人がいつもの人ではなかったにもかかわらず-担担麺と小ライスを頼んでしまった。この組み合わせ以外の注文は、もはや口にしてはいけないような、期待を一身に背負った義務のように思っている今日この頃である。
でも、それでよかった。
あとからいつもの店員さんが姿を見せたからだ。
あれで私が担担麺の単品しか食べていなかったり、あるいは炒飯を頬張っていたなら、きっと彼女は悲しがったろう(と勝手に思っている)。あるいは心のなかで「うそつきっ」とつぶやかれたかもしれない。
この日の夜は《夢想》という居酒屋で宴会があった。
この店、私の結構お気に入りの店だ。
地元の食材を多く使っており、特に肉料理が美味しい。ただ、この日は宴会メニュー。あまり変哲があるとは言えない鍋料理が中心でちょっぴり不満が残ったが、私が主賓の宴会じゃないからそれ
はしょうがない。いや、私が主賓だとしてもしょうがない。10数人もいて、地元産豚と地元産牛を使ったハンバーグをつつくなんてことにはならないだろうから。今年没後100年を迎えたスクリャービン(Aleksandr Scriabin 1872-1915 ロシア)の「夢想(Reverie)」Op.24(1898)。前奏曲とか交響的断章と冠されることもある4分ほどの管弦楽作品で、作曲時期としては交響曲第1番の直前ということになる。
スクリャービンののちの音楽をすでに暗示しているような妖しさがあって、なかなか悪くない曲なのだ。
ペシェク指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏で。
1986年録音。スプラフォン。
地面が見える!
翌日はアサイチの列車で札幌へ。
半月ぶりの札幌であり、土曜日は自宅での雪かき作業を覚悟していた。
しかし先行して自宅に戻っていた妻からの事前報告や、帯広に出張してくる札幌本社の人からの情報等で、雪の量はさほど多くないだろうという明るい期待もあった。
そして、列車が下り列車との行きあいのために追分駅手前で停車した際、車窓からの景色を見て、より私の気持ちは軽くなった。
雪が少ない。
すごく少ない。
去年のコーンの切り株が見えている。
それほど積雪量が少ないというわけだ。追分と札幌とは違うが、追分でこのぐらいならたいしたもんじゃないだろうと推測されたのだ。同じ道央圏だもの。
果たして自宅の雪は、というと、かなりカサが減っていた。
つまり暖気続きでだいぶ融けたのだ。
反面さらに気合を入れてやろうとしても(最初からやる気はなかったが)、融けて再び固まった雪というか氷には歯が立たない。
そんなわけで土曜日は床屋に髪を切りに行っただけ。
そしてここで2月に入ってからはほとんど雪が降らなかったという情報を得た。床屋って、けっこういろんな情報が入って来る場所だ。
えっ?下の写真?
これ鉄道標識。見かけたことありますでしょ?
この場合は1000mにつき4.4mの下り勾配ってこと。
ねっ?あなたの日常生活にはまったく役に立たない話でしょ?
そうそう、土曜日の道新朝刊に載ってたけど、ショベルとスコップって厳密には違うものなんだそうだ。
足をかける部分があるのがショベルで、欠ける部分がない(なで肩型)のがスコップ。
これも日々生きる上ではあまり関係ない話だが……
てな感じだったのに、なんと昨日は私が乗る予定だった列車が運休!うんきゅう!ウンキュー!
この話の続きはまた明日!

私もまったく知らなかったです。でも、またどっちがどっちかわからなくなりそうです。