UnagiRetolt  湯せんで身はフカフカ
 日々、特段不満はもっていないものの、満足だとも言い難い生活を送っている気がする私だが、先日長年の不満を解消できたような出来事があった。

 食べ物に関してである。

 そうしょっちゅう買って食べるわけでないが(2年に1度くらいだ)、うなぎのかば焼きのことだ。

 買ってきてもうまく温め直すことが難しい。皮が固くなったり、身もふかふかでなくなる。電子レンジならウナギ風味の、でも泥臭いゴムのようになってしまう。フライパンでも、酒を振って焼きなおしても、やっぱり身が硬くなる。

 ところが年前に札幌東急百貨店の地下で買った袋詰めのうなぎを、本当は正月に食べようと思ったのだが、ずっと冷蔵庫に入れたままにしていた、というのも賞味期限が2月23日だったからでもあるのだが、とにかくそれを温めて食べたところ、なんということでしょう、お店で出来たてを食べるように身はふかふかで柔らかだし、特有の泥臭さみたいのもなく、私はすっかり満足してしまった。
 一時的かもしれないが、いや、一時的でしかないのは間違いないが、この満足感は一条の光のように、私の面白みのない日々に潤いを与えてくれた。

 このうなぎのかば焼き、お値段は2000円ちょっとでそれなりのきちんとしたお値段だった。
 いや、国産うなぎ使用だから当然だろう。

 この袋、レンジ対応になっている。
 レンジにかけたときの蒸気の逃げ口があるのである。最近、冷食でもよくあるものだ。
 だが、買う時に店員のお兄さんがいうには、「お湯で温める方がフカフカになりますよ」と教えてくれた。
 裏を見ると、お湯で温める方法も書いてある。その方法というのは、沸騰したお湯に袋を3~5分入れるという、シンプルながらも失敗は許されないものだった。

 こうして私は、レンジではなく湯せんを選んだ。
 その結果、上に報告したように、家で温め直して食べたかば焼きのなかでは、突出して柔らかく美味なものを味わうことができ、家庭内かば焼きで初めて満足感を得た。
 高いものなのでいつでも食べられないが、今後は仮に買ったその日に食べるとしても、私はショーケースの中でその日に焼かれたものよりも、隣に置いてあるこの袋詰めを選ぶだろう。
 それぐらい、確実に温め直せるのである。

Spohr Guiter  満足したので……
 モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart 1756-91 オーストリア)の歌曲「満足(Die Zufriedenheit)」K.349(K6.367a)(1780-81)。詞はJ.M.ミラー。「金や財産など私に何の関わりがあるのだろう(Was frag ich viel nach Geld und Gut)」という副題をもつ。

 でも、私の価値観としては、金や財産があった方が人生の満足度は高いと思う。

 ブラウンのソプラノ、セヴァスティアーニのギターで(この曲のオリジナルはマンドリン伴奏だと考えられている)。
 
 2009年録音。ブリリアント・クラシックス。シュポーアの歌曲とのカップリング。

 なお、モーツァルトには「満足」という歌曲がもう1曲ある。
 1785年に作曲されたK.473の曲で、こちらの詞はC.F.ワイセ。
 副題は「私はここではどんなに心地よく落ち着いて感じることだろう(Wie sanft, wie ruhig fuhl' ich hier)」。