小学生のとき、自宅から1kmほど離れた《道路》に、しばしば友人たちと石を拾いに出かけた。
その《道路》とは山の手通りがL字型に曲がっている西端の先。
いまでは大きな老人施設やその向かいにそば屋(志ぶ家)があるが、当時は砂利道で、その先にある宮丘公園もいまのように整備されておらず、ただの空き地だった。
その砂利道-かなり急な登りで、途中からは車が入れないようになっていた-に敷かれていた石-1つ1つがかなり大きかった-のなかにけっこう《鉱物》が混じっていたのである。地図で丸く囲った場所である。
なぜこういう石がここに?
西野のあたりは、舗装が整備されていく前はかなり角の鋭い採石が砂利として道路に敷かれていた。近くの福井や平和の山に採石(砕石)場があったからである。
ところがこの坂道に敷かれていた-というよりばばらまかれていたという方が近い-石はそういうのとはまったく異なっていた。いったいぜんたい、誰がどこから運び込んだのだろう?
私たちは日曜日に、ときには弁当持参でそこに行き、ハンマ-で石を割り、とてもきれいな石英の塊やキラキラと光を反射する結晶質石灰岩(大理石)を採取したのだった。1つ1つの石が大きかったのは、どうせ車が通らない道だからだったのだろうか?
石を砕くと中の空洞に小さいながらも水晶の結晶があったりして、いやぁなかなかワクワクしたものだ。
ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)のピアノ・ソナタ第29番変ロ長調Op.106「ハンマークラヴィーア(Hammerklavier)」(1817-18)。
ハンマークラヴィーアというのは言ってしまえばピアノのことなのだが、ベートーヴェンのハンマークラヴィーアのためのソナタはこの曲だけに限らないのに、なぜかこの曲だけがそのように呼ばれるようになった。
ブレンデルの演奏で。
1970年録音。フィリップス(現在販売されているのはデッカ・レーベル)。
あの道路、いまはもうすっかり路面が変わっているだろうが-宮丘公園へ行く道の1つとなっているので整備されただろう-、何年か前に『志ぶ家』にそばを食べに行ったときについでに見てくればよかったと後悔している。
あのとき拾った石はほぼすべてどこかにいってしまった(紛失してしまった)。あるいは、実家のどこかにまだあるのかもしれない。1つだけ手元にあるのは石英(6cm×5cm×5cm)である(3方向から撮影)。色も形も悪いが、わずかに結晶化しているのがおわかりになるだろうか?
こういうのが道路に敷かれていたのである。やっぱり不思議だ。