新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は自宅庭で咲いた「レディ エマ ハミルトン(2024年6月22日撮影)。 (記事にはアフィリエイト広告が含まれています)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

2018/06

床に散乱したトリオは緑・赤・茶と輝き……♪ブリテン/広野の三重唱

BrittenNaxos  皮をむく前の銀杏に見えなくもない
 子どものころ、節分が近づくと「豆まきにっ!ピィ~ナッツゥー・ト~リオっ!」というコマーシャルが毎日流れていた。


 たぶん時間帯は「巨人の星」や「タイガーマスク」、「奥さまは魔女」の再(々々……)放送をやっていた夕方だったと思う。

 いまは夕方といえば報道番組をやっている局が多いが、むかしは再放送の子ども向けアワーだった(その前の時間帯は「水戸黄門」などの時代劇が再(々々……)放送のシルバーアワーだった)。
 日曜日の朝だって「名犬ラッシー」とか「じゃじゃ馬億万長者」が放送されていた。


 それはそうと、「ピーナッツ・トリオ」とは何か?

 「うぐいす豆」「えびす豆」「ぎんなん揚げ」である。

 ついでに言うと、私は長い間「ぎんなん揚げ」のことを「ぎんなん豆」だと間違って覚えていた。

 これらはすべて豆菓子。中にピーナッツが入っている。
 「うぐいす豆」は緑色のコーティングの上にさらに砂糖がまだら模様についていた。赤茶色の「えびす豆」はちょいと辛めのしょうゆ味(私はこの豆の“外側”だけを好んで食べた)。「ぎんなん揚げ」は薄茶色の塩味のものだった。
 そして、節分時期になるとおまけで鬼のお面がついてきた。

 私をはじめとする北海道人は、豆まきといえばこれらをまくものだと信じて疑わなかった。だってコマーシャルでそう言っているわけだし、ご丁寧にも豆まきには欠かせない鬼のお面までいただけるのだ。
 のちにいい大人になってから、豆まきというものは大豆をまくものだと知ったときの驚きを、あなたはわかってくれるだろうか?


 「ピーナッツ・トリオ」を製造・販売していたのは小樽市の池田製菓。
 池田バンビのブランド名で知られ、ミルクキャラメルが有名だった。
 2003年に倒産し、株式会社「北海道村」というところに菓子事業を譲渡したという。
 札幌にある池田食品とは関係ないようだ。

  定番の鮭、梅、かつおの姿なし

 さて、なぜこのくそ暑いときに節分の話なのか?

 実はこのあいだ昼ごはん用にローソンで買った弁当が「おにぎりトリオ」という名前で、それで「ピーナッツ・トリオ」を思い出してしまったのだ。

20180625O_Trio1

 なに、見えにくい?
 ほうら、ヴェールをはいじゃうわよ!

20180625O_Trio2

 「おにぎりトリオ」は「塩むすび」と甲乙つけがたいものがある。

2018LAWSONSasanishiki

 が、ボリュームがあるのとちょっと貧乏ったらしいところから-あの塗りたくったようなツナマヨ、明太子、昆布を見よ!-、私はあえて「トリオ」に軍配をあげたい。具が入っていないおにぎりは好きじゃないし。
 もっとも、お値段もトリオの方が上なんだけど……(って、甲乙つけてるじゃん)

  地名を指しているのかどうかは私には不明

 「おにぎりトリオ」には細いちくわ天(ちくわの磯部揚げ)が入っていたが、今日はブリテン(Benjamin Britten 1913-76 イギリス)の「ウィールデン・トリオ(A Wealden trio)」(1929/改訂1967)。

 女声のための無伴奏合唱曲で、この場合はウィールデンが3つ、ということではなく、ウィールデンの三重唱ってこと。詞はF.M.フォード。

 じゃあウィールデンって何かというと、wealdenだと“広野”の意味だが、“The Wealden”なら南イングランドのもと森林だった地域のことになる。

 この場合、どっちなんだろう?下のナクソスのページでは「広野の三重唱」という邦題になっている。
 まっ、どっちでも大勢に影響はないけど。


 私が持っているのは、コープ/新ロンドン少年合唱団の演奏のCD。


 1994年録音。ナクソス。


 この曲には「女声のためのクリスマス・ソング」という副題がある。

 節分だのクリスマスだのって、まったくもって季節感がなくてごめん、である。

Nの隣だったのかぁ!♪オルフ/カルミナ・ブラーナ

  指が滑り、校正で見逃し……
 へんてこなミスをしたもんだ。そう漠然と、ずっと思っていただけだった。

 ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団、同合唱団他による、オルフ(Carl Orff 1895-1982 ドイツ)の「カルミナ・ブラーナ(Carmina Burana)」(1936)。

OrffBlom


 曲名が「BURANA」じゃなく「BURABA」になっているのである。


 が、最近パソコンのキーボードを打っていて、初めて気がついた。

 《N》キーのとなりは《B》だということを。


 自分で誤打して、あの誤りのからくりがわかったのだった。


 となれば、「BURAMA」って誤表記されたCDも世界のどこかにはあるかもしれない。

 なお、このCD、ここに書いたように、すぐににきちんと「CARMINA BURANA」に直された。


 そしてまた、現在入手できるものは輸入盤で、ジャケット・デザインはまったく違う、いわゆるシリーズ物の1枚になっている。

 1990年録音。デッカ。

仕事帰りに2人でショッピング→徒労♪DSch/ブロークによる7つの歌曲

ShostakoVaSonata   酒、付き合ってよ……
 先日の仕事の帰り。
 偶然にも氷山係長と電車が一緒になった。

 前にも書いたかもしれないが、係長と私とは利用している駅が一緒なのだ。

 駅に着くと、隣接するスーパーに寄った。

 係長はお茶のペットボトルを買うため。私はあの『あまざけ』を買うためだ。

 ところが、あの『あまざけ』がない。
 ほかのものはあるが、『あれ』はない。

 2リットルのペットボトルのお茶をゲットして-地震直後は棚からなくなったそうだ-すっかり満足している係長を説得し、駅に隣接してはいないが、どっちにしろ拡大解釈すれば帰宅途中にあると言えなくもない、もう1軒のスーパーに付き合ってもらった。

 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の「2人は一緒だった(We were together……)」。

 ソプラノ独唱とヴァイオリン、チェロ、ピアノによる伴奏の「ブロークの詩による7つの歌曲(7 Romances on Verses by Alexander Blok)」Op.127(1967)の第3曲である。


 私が持っているロジャースが歌っている盤(1997年録音。シャンドス)は現在入手困難。


  あんなに並んでいたのに……
 こちらのスーパーはあの『あまざけ』が売っている。
 たくさん並べられているのを過去4か月の間に何度か目にしているし、実際私はここで購入もした。

 ところがである。

201801Amazake あの『あまざけ』、つまり『国菊』の『あまざけ』が1本もない。
 いろいろなほかの甘酒はあるが、意識的に排除したかのように『国菊』の姿はなかった。

 途方に暮れる私。

 だが、別なポリ容器入りの甘酒-ラベルを見なければ、洗濯柔軟剤の詰め替え用、あるいは点滴薬と間違えそうだ-を、致し方なく購入した。

 こうして、私は元気なく氷山係長と別れた。

 代替品として買った甘酒の原材料には、米、寒天、こうじ菌と書いてある。
 なんで寒天なんだろう?
 
 『国菊』は米麹と米だけだ。
 味も『国菊』の方が、ずっとおいしいし、麹のつぶつぶ度も比較にならない。

   もう『国菊』は手に入らないのか?
 「もしや」と思い、帰宅後、私はパソコンを操作した。

 すると、あったのである。ヨドバシドットコムに。

 恐るべし、ヨドバシ!

 ついでに、いつも使っているシャンプーもここで検索してみた。
 だって、ダイコク・ドラックには置いてなかったんだもん。

 すると……あらまぁ、あるじゃないの!

 すてきなヨドバシ!

 これでブラックニッカ・クリアも扱うようになってくれれば、何時に届くかわからないamazonに頼らなくてもよくなるんだが……

 ところで、ネットで調べてみたら、どうやら『国菊』は人気が高く製造が追いついていないらしい。

 飲む点滴と言われるほど体に良い甘酒だが、体に良いうえにおいしいんだから人気が高いのも無理はない。

 スーパーも扱いをやめたのではなく、売りたくても入荷して来ないのかもしれない。

 でも、amazonにもあったけど……

いつも4発ずつ殴られてました♪LvB/Sym5

KatayamaMeikyuu4  最初は《遅いもの》が主役だった
 片山杜秀の「続・クラシック迷宮図書館 片山杜秀の本(4)」(アルテスパブリッシング:2010年,電子版2017年)。


 そのなかの“「楽聖」はアダルト・チルドレン”の章では、福島章著「ベートーヴェンの精神分析 愛と音楽と幼児体験の心理」(河出書房新社:2007年4月)が取り上げられている。
 この章の初出は2007年7月。


 片山氏は、バロック時代は速い楽章よりも緩い楽章の方が上位にあったがそれが次第に逆転する現象を紹介し、こう続ける。


 その逆転劇でのいちばんの働き手は、もちろんハイドンだろう。彼はなぜそんな音楽を書いたか。生家が鍛冶屋だったせいともいう。ハイドンは幼少時代、父親の仕事の騒音にがまんならず、それを打ち消すべく音楽に走った。その音楽はとうぜん、無秩序なノイズのつけいる隙のないほど、速く秩序あるものでなくてはいけなかった。そういう心理的欲求が、ハイドンに主題労作にもとづくアレグロ楽章を確立させたというのだ。


 そして、ハイドンに続くのが楽聖・ベートーヴェンだ。


  ベートーヴェンが心に負った傷

 精神医学者の福島氏は、この本で“「楽聖」がアダルト・チルドレンだったと主張”しているのだそうだ。


 ……狭義のアダルト・チルドレンとは、アルコール依存症で情緒不安定でしょっちゅう暴力を振るう親に育てられ、その傷を心に刻んだまま大人になった者をいう。それなら、子供が容易には治癒不能なトラウマを背負うのもわかる。そして「楽聖」の父親はアル中で、息子に音楽の特訓をほどこすと称しては、いつも殴りつけていたというのだ。


 そして福島氏は、


 ・ベートーヴェンは交響曲第3番で父殺しの内的儀式を執りおこなった
 ・しかし、それでは一件落着とならず、内なる父親はすぐに蘇り、反撃してくる


と分析。

 その反撃とは?


BeethovenSym5-1Score  父親は4回1セットで殴ってくる


 著者は、その反撃が4つの音でおこなわれたと主張する。4つの音とは、交響曲第5番のいわゆる「運命動機」だ。-(中略)-著者はその4音を父親の反撃の響きと解する。そして、その4音は、運命が扉をたたく音ではなく、父が子を4発殴る音であったにちがいないとする。


 ベートーベンは幼少期の記憶に支配されている自らの運命を打破するために、この曲を書いたということになる。


 これを読むと、「運命動機」が執拗に繰り返される意味がわかったような気がした(掲載譜は全音スコア)。


 そのあとに「運命」を聴くと、運命に対峙する勇ましい闘いではなく、いじめにおびえ必死に耐える弱者の苦悩に聴こえてくるから不思議なものだ。


 さて、そのベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)の交響曲第5番ハ短調Op.67(1805-08。通称「運命」)を、今日はラトル/ウィーン・フィルの演奏で。

 どんな演奏かというと、こんな魅惑的な演奏です。


 2002年録音。EMI。


 で、じゃあスズメ目ホオジロ科のキアオジ鳴き声由来説はどうなった?

CLIPPER は tsu e-yaさん♪エルガー/子供の魔法の杖

20180615HeianJingu  神宮は神宮でも……
 先々週の15日。
 つまり札幌が北海道神宮祭でにぎわっていた(と思われる)日、私は別な神宮にいた。

 平安神宮である。


 といっても、観光ではない。
 平安神宮近くを会場とする会議があったのである。


 予定より早く阪急河原町駅に着いた私は、小雨が降ってはいたものの、このままタクシーで向かうと早く着きすぎて、主催者に私が張り切っていると思われてしまうことを懸念し、歩いていくことにした。


 八坂神社の前の交差点角には、赤い看板のツルハではなく黒い地味な看板のツルハがあった。
 やはりおなじみの赤い看板を掲げるのは場所がら遠慮した、あるいは禁止されているのだろう。


 あまりというか、ほとんど歴史的建造物に興味がない私は、ひたすら会場に向け歩みを進めた(思ったよりはなかなかたどり着かないので、時間はたっぷりあったものの、ちょっぴり不安にもなっていたのだ)。

 途中、ファミマに寄ってタバコを買い、いつもの癖で気になるモノの写真を撮った。


  《すんぽうちょく》って、中国料理の名前みたい
 この店の場合は、余計なお世話ながら、店先のビニールをまずは直すべきだと思う。
 これじゃあ雨宿りもできない。


 《リフォーム、》《デザイン》に続き《、センター》ってある、《センター》前の《、》の意味合いも不明。
 センターっていうのは、たとえば《立ち飲みセンター》とかの意味ではなく、《中央ぞろえ》加工ってな意味なのだろうか?

20180615Kyoto3

 こちらは「つえ屋 つえだけ~♪」というのが実にお茶目である。

20180615Kyoto2

 エルガー(Edward Elgar 1857-1934 イギリス)の付随音楽「子供の魔法の杖(The wand of youth)」Op.1(1869頃)の組曲。

 児童向けの劇のための音楽だが、エルガーはこれを2つの組曲に編曲している。
 第1組曲Op.1a(全7曲。1907初演)と第2組曲Op.1b(全6曲。1908初演)である。

 ジャッド/ニュージーランド交響楽団の演奏を。

 2002年録音。ナクソス。

ElgarWand

  タバコを持ち歩いているような気分になったものです

 あぁ、ハィクラウンといえば、子どものころは高級なチョコレートだった。


20180615Kyoto1

 そんなこんなで適度にみちくさを食ったのだが、会場にはやっぱり早く着いてしまった。

 そこでそのまま建物の前を素通りし平安神宮まで行ってみたが、雨が強くなってきたのですぐさま逆戻り。
 もういいやとばかり、会場に入った。

20180615HeianJingu2

  数時間前のこととはいえ、覚えていた彼はただ者ではない?
 しかし世の中、私より時間に余裕を持って行動する人もいるもので、すでに8人の方々が来ていた。


 会議が終わり帰ろうとしていると、見知らぬ出席者から声をかけられた。


 「会議の前に平安神宮にいらした方じゃありませんか?」
 「ええ。そうですけど。時間つぶしに行ってみたんです」と私。
 「私もです。あっ、申し遅れました。私はこーゆー者です」と名刺を差し出してきたので、交歓、いや、交換した。

 宮崎に本社がある会社の大阪支社の人だった。


 それにしても、誰がどこで見ているかわからない。
 平安神宮前でうれしそうに抹茶ソフトを食べたりしなくてよかった。

 ところで、神宮といえば伊勢神宮横のおかげ横丁の店で買ったワンちゃん。

20180510Aloe

 安定性があるとは決して言えないのだが、そして上の植物も安定度の高いものに取り換えたとはいえ、みごと今回の地震でも置いてあったスツールから落下していなかった。
 いや、たぶんズレてもいなかったと思う。

 私の見ていないところで四肢に力を入れて踏ん張ってくれたのだろうか?

地震の話題にまぎれた巨匠の訃報と亀裂の話♪Dsch/ボルト

ShostakoNewBabyRozhdes  ショスタコの作品を発掘・紹介

 地震でバタバタしていて、話題にするのがすっかり遅くなってしまったが、指揮者のロジェストヴェンスキーが6月16日に亡くなったという。87歳だった。


 ロジェストヴェンスキーには自分がまだ思春期だったころからずいぶんとお世話になったものだ(と書くと、ほのかにいやらしい)。

 もともとロシア~ソヴィエトの音楽が好きな私だが、特にロジェストヴェンスキーの名をはっきりと意識したのは1978年に発売された1枚のLPからだった。


 ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)の映画音楽「新バビロン(New Babylon)」Op.18(1928-29)を、1955年にロジェストヴェンスキーが7曲からなる抜粋版にした演奏の録音が発売されたのである。


 演奏は、指揮はもちろんロジェストヴェンスキー。オーケストラはモスクワ・フィルハーモニー交響楽団。レーベルはメロディア。

  若きショスタコのひらめきときらめきが!

 『レコード芸術』に載っていたこのLPレコードの広告。そこに書かれていた何とかいう音楽評論家の巧みな絶賛コメントに、私はもう買わずにはいられなくなり、ここここで書いたように、急成長中の西野の街にあった『カスタムパルコ』の中の、『ロビンソン』という絶賛衰退中のレコード・ショップに注文し取りよせてもらったのだった(カスタムパルコ自体、西友西野店に客を奪われすでに閑古鳥がカァカァ鳴いていた)。

 あの絶賛提灯コメントほどのものではなかったが、それまで耳にしたことがなかった若きショスタコーヴィチのはつらつとした音楽はとても新鮮に耳に響いたし、『赤い靴』に似たメロディーが突如現れたりして、レコードを買ってよかったと思ったものだ。

 この音源はCDでも出ていたが、いまや廃盤。中古盤も入手困難な状況である。


ShostakoBolt 代わりに(はならないが)、これまた貴重な全曲版演奏のショスタコーヴィチのバレエ「ボルト(The Bolt)」Op.27(1931初演)。

 ここでも取り上げているが、これまた若きショスタコのイケイケGo!Go! な音楽が楽しい(ときに冗長でもあるが)。

 1995年録音。シャンドス。

  もうのれる?
 ところで、今日で発生から1週間となる大阪の地震だが、土曜日に運行を再開した大阪モノレールが昨日からまた全面運休した。

 地震の影響で車両に不具合-部品落下の恐れ-が見つかり、運転再開のめどがたっていないということだが、他の鉄道各線がほどなく、あるいは当日中に復旧したのと比べると、まだ動かせないというのは情けない。


 それから、地震発生後のニュースで、どこの局か忘れたが、どこかの家の中の壁を写しながら記者が興奮した口調で言った。


 「ご覧ください!壁に亀裂が入ってます!」

 
 でも私が見る限りでは、それは壁じゃなくて壁紙が裂けていただけだった。

 こういうよく確かめれば真実じゃないことを伝えるのは、結果的に誇大報道、ウソってことになる。


 すでに報告したように、私が住むマンションはあの大きさの地震としてはほとんど被害がなかったと言えるものだったが、3駅ほど離れた所に住む同じ職場の駿河谷さんの部屋は棚から何から倒れてぐちゃぐちゃになっていた(ご丁寧に写真を見せてくれたのだ)。

 3駅の距離が地震の強弱にどの程度影響を及ぼすのがわからないし、私が住んでいるのが3階、駿河谷さんの住んでいるのが5階という違いはあるものの、気の毒だ。
 心よりお見舞い申し上げたい。


 そういえば、このところACジャパンの宣伝が増えているような気がするが、気のせいだろうか?


 東北の地震の後はACのコマーシャルばっかり流れ続けた。被害者の気持ちへの配慮とかコマーシャルを流してもその商品が欠品っていうものもあったのだろうが、あれはあれですべての人を前向きな気持ちにさせないものだったし、たいした種類のないCMが繰り返し繰り返し流れるのはあまりに異様な感じだった。


こんどは私が石を護る♪アルフォード/ナイルの陸軍

Coldstream  スチールの硬度は5~8.5
 ストーン・ブレスレットが腕時計と接触する問題。


 接触するとどんな問題があるかというと、そんなこと書くまでもないと思うが、腕時計の側面やブレスレットの石に傷がつく恐れがあるということだ。


 石の硬度と時計の金属の硬度との違いで、どちらが傷むかわからないが(スチールはその組成によって硬度に幅がありすぎる。私の時計のものがどれくらいかはわからない)、硬度7の水晶は時計よりも強い可能性が高いが、5.5~6のソーダライトは微妙だ。
 申し遅れたが、私がふだん着用する頻度が高いブレスレットは水晶+ソーダライト+レッドタイガーアイ(硬度6.5~7)のものである

 さらに硬度だけではなく、靭性(じんせい)(割れやすさ)の条件も加わってくる。

  邪険になんてできないんです
 そんなに悩むくらいならブレスレットをしなきゃいじゃないかと、あなたは私を突き放すだろうが-ブレスレットはダサイという意見も少なくないようだし-、いまになって外すと石に呪われそうな気がして、邪険にできない。
 先日の地震の被害からも私の家財を護ってくれたわけだし……(と思うようにしておいたほうが、バチあたりにならないだろう)。

 それに、ブレスレットをしていると、どこか癒される気がする。それは間違いない。
 尿管結石で体内に石を抱いていたときには、癒されるどころか超ウルトラ激痛に襲われたというのに、同じ石でも360度、じゃなかった、180度違うのが不思議だ。

  正確な時刻がわからないのは大ストレス
 じゃあ腕時計をしなきゃいいと思われるかもしれない。
 が、それはできない相談だ。

 家の中にいるときは、ダリの絵のように部屋のあちこちに時計があるので腕時計をはずしていても問題ないが、一歩外に出たあかつきには、腕時計がないと不安でしょうがない。不安なだけではなく、実際の行動にも大いなる支障が出る。

 たとえば、あと5分で快速エアポートが出るとわかれば、到着ロビーから新千歳空港駅へと向かうエスカレーターを優雅さを失わないよう気をつけながら早歩きでかけ下りることができるが、そうでなければ改札機にKitacaをタッチした瞬間に電車が発車する音を聞かされるハメになるかもしれないのだ。
 次の電車まで15分……。腕時計がなければ、それから何分経ったのか、あと何分待たねばならないのか、悶々とした時間を過ごさなければならないはめになる。

 技術大国・日本として、早く時計内蔵のストーン・ブレスレット-電波ソーラーでなければだめだ-を開発してほしいものだ。クォーツそのもの時計とか……


 懐中時計はどうかって?
 年寄りをからかうのはやめてくれ!

 懐中電灯だってふだん懐中にしのばせていないのに、先に時計をしのばせたら電灯に失礼ってもんだ。

 それに携帯電話で時刻を見るのだって、ひと手間もふた手間もかかるのでイヤなのだ。

  ヘアゴムは腕にがっつり締め付けの痕が
 さて、ネットでは石と時計の衝突緩和策として、ヘアゴムを腕に着けるというのがあった。
 しかし、以前出張で泊まったホテルの部屋から持ち帰ってきたヘアゴム-着替えた下着を棒状に丸めて袋に入れ、それが広がらないようこのゴムでとめるのだ-を腕に着けてみると、なるほど効果はありそうだが、腕の血の流れが悪くなりそうだし、そもそも腕に-特に男の私には-奇妙なほどマッチしない。
 やはり置くと安定性のよくない原石の台座代わりにしておく方が、はるかにすばらしい利用方法だ。

 こうなったら、時計側に工夫をした方が良い。

  不要部分を活用する
 ずいぶんと考えた結果、クッションを貼り付けることとした。

 自宅に、戸棚の戸当たりを緩和する『PUウレタンクッション』というのが残っていた。


201806Uretan1

 そこでこれを時計の側面に貼り付けることにしたが、使ったのはクッション本体の丸いやつではなく、それを本来の用途に使ったあとに残った台紙。

201806Uretan2

 丸く抜けたあとの残骸から、3mm×1cm分を切り取り、時計に貼ってみた(小さく切るのはなかなか大変だった。カッターの刃の切れも悪かったし)。


201806Watch1

 私の腕時計はごらんのようにリューズが8時方向と10時方向にあるので、このように貼り付けることができた。
 逆に言えば、9時方向にリューズがある時計だと、なかなか形を合わせて切り取り、貼り付けるのは難しいだろう。

201806Watch2

 接触はかなり緩和された。
 ただし、状況によってはやはり上下のリューズに石が当たることがある。

 なお、このシートは5日後にはがれてどこかにいってしまった(ズボンのお尻のあたりとかにくっついていないことを祈る)。
 いや、5日間もはがれずにもったのだ。

  東急ハンズには『正規品』が!
 アルフォード(Kenneth Joseph Alford 1881-1945 イギリス)の行進曲「ナイルの護り(ナイルの守り/ナイルの陸軍。Army of the Nile)」(1941)。

 『イギリスのマーチ王』と呼ばれることもあるアルフォード。
 彼のダントツ有名曲は、行進曲「ボギー大佐(Colonel Bogey)」(1914)。ゴルフでいつもボギーをたたいている大佐が曲名に由来すると言われている。
 「ボギー大佐」はのちに映画「戦場にかける橋」(1957年公開)のなかで「クワイ河マーチ」の名で使われ、一躍有名になったという。

 「ボギー大佐」はさわやかで楽しげなメロディーであるが、「ナイルの護り」の方が勇壮で行進曲らしく、またメロディーにもマイナー調のスパイスが効いていて私は好きである。

 スウィフト大佐/コールドストリーム・ガーズ・バンドの演奏を。
 「ボギー大佐」も収録されている。

 1988年録音。DENON。

 ところで、ナイルとストーンとの間にどのような関係があるのか?

 まったくないと断言しておこう。

 なお、私のようにみみっちいことをしなくても、こういうものが売られていることを申し添えておこう。

20180620Sheet

私の札響感動史(27)♪曲を知らないできた人には悲劇的な時間

SSO310th  名演なのに拍手はイマイチ
 ちょっと日にちが開いてしまったが、3月に名フィルとのジョイントで札響がマーラーの交響曲第8番を演奏した1990年の続き。

 マラ8が北海道で初演された画期的なこの年を顧みると、しかしながら、私はあまりコンサートに行っていない。
 定期演奏会で行ったのはマラ8より前の1月の第310回とその10か月後の第319回の2回だけである。

 第310回は小松一彦の指揮で、1曲目に置かれた伊福部昭の「土俗的三連画」を目当てに行ったのだが、あまりおもしろく感じなかったし、メインのショスタコーヴィチの交響曲第5番も印象に残っていない(2曲目のハイドンのチェロ協奏曲ハ長調(独奏:上村昇)は記憶欠落)。

 第319回は尾高忠明の指揮で、バルトークのヴァイオリン協奏曲第1番とR.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」。
 バルトークのソリストはシュロモ・ミンツ。
 バルトークの第1コンチェルトはあまり生で聴けるチャンスがなく、また私はこの曲が好きのなので楽しみにして行ったのだが、期待を裏切らない演奏。
 ただ、なじみの薄い曲のためか、お客さんの反応はイマイチだった。
 「英雄の生涯」は、尾高の特徴である、良くいえば破たんのない演奏。悪くいえば無難な仕上げ。
 音がどんなに鳴ろうとも、心にはどうも共鳴しなかった。

 この年、私が定期演奏会にあまり行けなかったのは、転勤で内部異動し仕事のスケジュールの関係上コンサートに行くタイミングがあまり合わなくなったことと、4月に長男が誕生し、早く帰れるときにはコンサートよりわが子の鑑賞優先という事情があった(ような気がする)。
 職場の人にチケットを譲り、プログラムノートだけはもらうということをしていた。

  PMFスタート
 なお、この年からPMF(パシフィック・ミュージック・フェスティバル)がスタート。

 こちらの一連のコンサートでは、私は3つのオーケストラ公演に行っている(いずれもPMFオーケストラではなくロンドン交響楽団)。とにかく、このオーケストラから出てくる音の大きさ、厚みに驚いた。

PMF1990b

 また、8月には尾高/東京フィルハーモニー交響楽団によるマーラーの5番を聴いたが、まったくもって物足りなさが残る演奏だった

  良い企業イメージを持っていたのに……
 年が明けた1991年。

 3月に今度は仙台フィルとジョイントで、札響はマーラーの交響曲第6番を取り上げた。
 もちろん北海道初演。指揮は田中良和(現在は特定のオーケストラには携わっていない模様)。

 ホーム企画センターという地場のハウスメーカーが特別協賛したコンサートだが、その6年後、家を建てようと思った私は、この特別協賛に敬意を表しホーム企画センターの物件も検討した。
 ところが、セールスマンが言った価格が、翌日提示された見積書ではずいぶんと価格が上がっていて、それも前日に言ったのが間違いだったことを謝罪しないどころか、私も妻も小2の長男も3歳の次男も聞いているのに「そんなことは言ってない」としらばっくれたので、すっかり信用できなくなってやめた。
 私という顧客を失ったことは大きな悲劇だと言わざるを得ないだろう。

SSO_GM6

 さて演奏だが、あらためてこの曲の巨大さを実感。
 細かなところは覚えていないが、終楽章のハンマーを振り下ろすタイミングがバッチリで、そういうところに妙に感心してしまった(とはいえ、もしはずしたらボロクソに言うのだけど)。

 今日は映像でこの曲をお楽しみいただければと、シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のDVDをご紹介しておく。

Mahler06ChaillyDVD

 2012年ライヴ。Accentus。

 この、お世辞にも明るいとは言えない上に、長い作品。
 客層を見ると、招待客らしき姿の人も多く、たぶんかなり悲劇的な苦痛な時間を過ごしたのではないかと思う。

スウェーデンの丘まで行くには行ったが……♪ヨナーソン/かっこうワルツ

20180617Tobetsu  今年の夏至は昨日でした
 先週の-つまりこないだの-日曜日、石狩管内は当別町のスウェーデンヒルズで『夏至祭』なるものが開催されるというので行ってみた。

 まずは昨年オープンした『道の駅とうべつ』に寄ってみた。

 まだ午前10時前だというのに駐車場にはけっこうな数の車が。この時間帯の来客は農産物の直売所が目当てか?

 直売所のなかを見るが、私たちにはこれといって買うものはなく(ワラビもフキも要らない。他の野菜は価格がちょっと割高)、本館の方の売店で妻は豆腐と厚揚げを買っていた(札幌市手稲区のメーカーのものだったが)。

 そのあとスウェーデンヒルズに向かう。ここが夏至祭の会場なのだ。

  この歩行軍団はなんだ?
 途中、やたらとリュックを背負った人々が歩いている。巨大なカメムシのようだ。

 歩道がないところは危ない。歩道があっても車道を歩いているルール無法のやつもいる。こういう人には言いたい。このカメムシが!と。

 この人たち、みな、夏至祭を目指しているのか?

 それはそうらしいが、祭りとは直接の関係はなくJRヘルシーウォーキングだかのイベントの参加者だ。
 でも、危ない!

 スウェーデンヒルズに着いたが、駐車場から会場まではシャトルバスに乗るか、歩くと少しあるという。この日は風も強く寒かった。
 ということで、根性なしの私たち夫婦は、会場整理のお兄さんに「急に町内会の仕事を思い出しましたので、せっかくいい駐車スペースを確保してくださったのに残念ですが、お里に帰らせていただきます」と告げ、会場をあとにした。

 結局行って帰って来ただけである。

 いや、違った。

 帰りに当別町の市街地近くの『すまいるポーク』に寄って豚肉を買った(夏至祭にも出店していたらしい)。
 夜はそれをしゃぶしゃぶにして食べたが、このときすでに北大阪の地下では断層がずれる寸前だとは思いもよらなかった。私は赤身と脂身の断層に舌鼓をポポンのポンと打っていたのだ。

 あとから知ったが、この日は同じ当別町にある北海道医療大学で学校祭をやっていたらしい。
 そっちの方に行けばよかったかも。

FurELise  私にとってはごみ収集車のメロディーでもある
 では今日は、スウェーデンが生んだ偉大なる一発屋ヨナーソン(ヨナッソン。Johan Emanuel Jonasson 1886-1956)の「かっこうワルツ(Kuckuckswalzer)」を。

 いや、一発屋なんて言っちゃ失礼だ。
 そもそも作曲家を本業としていた人ではないようで、軍楽隊のトランペット奏者を務めたり、映画館でピアノを弾いていた人らしい。

 その人が片手間で書いた(かどうかは知らないが)この曲が、世界的に知られているということは、まさに偉大というべきだろう。

 なお、原曲の編成などは不明だそうで、いまではもっぱらピアノ曲として扱われている。

 私はこの曲にあまり良い印象を持っていないので、持っているCDもルースが弾いたものだけ。
 しかも、すでに(廃盤とは表記されていないが)入手困難。困難でも困る人はあまりいないだろうけど。

ママ、おじちゃんがにらんでるよ♪リース/ホルン・ソナタ

Cristal  ストーン・パワー?
 昨日は先日休日出勤した振替休をいただいた。

 おととい(19日)に大阪に戻るまでは、地震による影響で休んでいられるような状態ではないと覚悟していたのだが、すでにほとんど何ごともなかったかのように世の中は動いていた。
 そのため、何かあったらすぐに連絡がつくからと、予定通り休みをもらったのだ。

 19日は午後8時半くらいまで音楽を聴いたが、アンプ以外はまだ新品状態のプレーヤーやスピーカーが無傷で済んだことに、あらためて感謝した。

 感受性の高い人、というかちょっと病的な感性の人なら、「これは家に置いてあった石たちが守ってくれたのだ」と思うのかもしれないが、そして思うのは勝手だが、地域全体の中でこの部屋だけがぽつんと1つだけ被害がなかったわけじゃないので、私はそんなふうにはまったく思わない。

TigerEye それどころか、ヘアバンドの支えむなしくコロンと倒れていた水晶が気の毒に思えたくらいだ(写真は転倒前。タイガーアイの原石は何ごともなかったかのように鎮座していた)。

 スピーカーをスタンドから床におろして、「おやすみなさい」した私。

 19日から20日にかけては、私自身が気づいた余震は20日の午前4時ころにきたもの。
 ほんのかすかな揺れだったが、あとから見ると震度はそれでも2となっていた。

  雨でお籠りのおかげで出会った作曲家
 その2時間後に携帯電話が耳になじみのない音を発した。

 それは市からのエリアメールで、大雨による土砂災害の恐れがあるので避難するようにというものだった。同じ市ではあるが、私が聞いたことのない住所であり、地図で調べるとはるか北の方。そのほんの一部の地域で土砂崩れの危険があるというものだった。

 とはいえ、私が生息しているあたりでも、なかなか激しい雨が降っていた。
 私が住んでいるあたり、住んでいるマンションはほとんど地震による被害がなかったような感じだが、屋根や壁に損傷を受けた家屋ならば雨漏りの心配もあるだろう。

 この雨降りの休日、私は部屋でインターネットラジオ(『Boston Baroque』というチャンネル)を流しながら過ごしたが、途中で面白い曲が聞こえてきた。

 ディスプレイには、『Ferdinand Ries』『Sonata in F major Op.34』などと表示されている。

 三省堂の『クラシック音楽作品名辞典』で調べてみると、この作曲家はリースと読み、1784年生まれで没年は1838年。ドイツ。ベートーヴェン(1770-1827)にピアノを学びピアニストとして活躍したほか、作曲家としても幅広いジャンルで多くの作品を残しているそうだ。

 かかっていたソナタは、ホルン・ソナタ ヘ長調Op.34で、なんとも野暮ったい曲だったが(フォルテピアノの音色のせいもある)、それがまた魅力でもあった。

 名前自体私は初めて耳にしたが、ちょいと興味をもった作曲家だ。CDも出ているようだし。

 さて、今日もまた阪急電車で通勤。
 いや、阪急にはなんの問題もない。むしろ私は阪急の、いろいろな意味での洗練度に感服している。

 ただ、いま車内あちこちに貼られている宝塚大劇場のポスターが私は苦手なのだ。

Hankyu_Gaisenmon

 この人、怖い。私の好みがどうとかいう以前に、感性にあわない。この容姿が。
 もちろんこういう役、こういう世界だとはわかっているが……

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