
ラッパ隊も葉っぱ隊(古い!)もいない「シンフォニエッタ」のコンサートのあとの1年間(84年4月~85年3月)。
この間に行った定期演奏会で印象に残っているのは10月の第252回と3月の257回。指揮はいずれも岩城宏之。
いじわるでもなんでもなく、尾高忠明が振った回はなぜかあまり記憶に残っていない。
第252回の1曲目は佐藤喜美の「どこかで」。
ただこの曲の記憶を、私はどこかで失くしてしまったようで、編成の規模すらも覚えていない。
2曲目はいまや
そして3曲目はショスタコーヴィチの交響曲第5番。岩城らしい引き締まった演奏。最後のティンパニと大太鼓が重なって強打する響きに、幸せなる呆然を体験した。
パフパフが好き!
第257回は、1曲目が一柳慧、2曲目がブリテンのヴァイオリン・コンチェルトと、なかなか一般聴衆が喜ばなさそうなプログラム。私もちょっと苦痛だった(でもアンコールのバッハのパルティータは良かった)。
しかし、後半のガーシュウィンの「パリのアメリカ人」、バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」の「シンフォニック・ダンス」は心スイングってもの。
「パリのアメリカ人」では自動車のクラクションが、ラッパホーン(パフパフホーン)によって再現される。ラッパに黒い球体のゴムの袋がついていて、そのゴムをつまむと「パフパフ」と鳴るやつだ。
いにしえのことを言えば、『底抜け脱線ゲーム』で司会の金原二郎が鳴らしていたやつだ。
私が小学生のころ、自転車にこれをつけていた。
いや、電池式のハンドルのグリップ近くにあるスイッチを押すと「ピー、ピー」となるブザーを付けていたこともあったが、あれはすぐに電池がなくなってしまう。ブザーに連動して光る豆電球のパイロットランプ-これが光ることにいったい何の意味がるのだろう?-が、電池の消費に拍車をかけているのは明白だ。
そんなわけで電池不要の人力ラッパ(あなたは『じんからっぱ』ではなく『じんりきらっぱ』と読むべきである)にしたのだが、これはなかなか強烈な音がする。
静かな浦河の町を騒々しくしてすまなかった。
この日の「パリのアメリカ人」で、クラクションが鳴るときに音がひっくり返らないかなあと、半ば心配、ちょいと期待していたのだが、ちゃんとひっくり返ってくれたりして、妙な喜びを感じた私。
「ウエスト・サイド」も打楽器を中心に大活躍で、観ていて楽しいステージだった。
ドラムセットやサックスなどがステージにいるということが、超法規的のように感じたものだ。

そんなわけで、ガーシュウィン(George Gershwain 1898-1937 アメリカ)の「パリのアメリカ人(An American in Paris)」(1928)。
アメリカ人の作曲者がパリを訪問した時の、この大都会に対する「すげぇ~」っていう驚きや楽しさ、そしてまた「こんな騒々しいところなんてイヤ。早く帰りたいよぅ」という郷愁が、ジャズの手法を用いて描かれている。
曲中で使われるパフパフホーンは4種類。ガーシュウィンは実際に、これをパリで買い求めアメリカに持ち帰ったという。
プレヴィン/ピッツバーグ交響楽団の演奏を。
1984年録音。デッカ。
誰かが再構成したものを作曲家が指揮者として取り上げるというのは最強認知
↑ 長くてすまん。
もう1曲。
バーンスタイン(Leonard Bernstein 1918-90 アメリカ)のミュージカル「ウエスト・サイド・ストーリー(West Side story)」(1957)の「シンフォニック・ダンス」(1961)。
ここに書いたように、ミュージカルのなかからバーンスタインの監修のもとで管弦楽用に抜粋・編曲したものだが(誰の手によるのか私は知らない)、有名な「トゥ・ナイト」や「アメリカ」のメロディーは出てこない。
こちらはバーンスタイン自身の指揮よるロス・アンジェルス・フィルの演奏を。
1982年ライヴ録音。グラモフォン。
私も今度、ウエストに行くことになったが、その話はまたの機会に。