一時はケツの穴にストローを突っ込まれたあげく息を吹き込まれたカエルの腹のようになりかけた左下の歯ぐきの腫れも、少し前からかなり治まり、痛みもピーク時の指数を184とすれば41ぐらいまで軽減した。
マシュマロしか食べられないくらい痛かったのに、いまではアーモンドチョコも平気で食べられる自信があるほどだ。
私が通っているN歯科クリニックはもしかすると名古屋一なんじゃないかと思うくらいだ。
前回は歯ぐきのクリーニング(歯石除去)、そしてこの日は優しくて笑顔が素敵な(きっとマスクの下は)衛生士さんが歯の表面をクリーニングしてくれた。
そのあと院長がやって来て私に言った。
「MUUSAN、これで予定していた治療はすべて終わりました」
なんだって?
痛みが78%軽減したとはいえ、コンビニ弁当の硬いフライの衣を噛んだときに痛みが走るときもあるし、腫れだって少し残っている。タブレット型のガムを噛むと疝痛があごの方へと走るし、レタスも芯のあたりはまだ辛い。
もし私に羞恥心というものがなかったら、アーモンドチョコは別格で良しとしても、離乳食を食べたいくらいなのだ。
確かに根性が足りずに治療台で多少はオエッとはなることもあったが、概ね手のかからない患者なはずだ。
なのになぜ見捨てようとするのか?
貧乏人は治療を受ける権利もないのか?この国の医療はどうなるんだ?
そのとき私の脳裏に、この2か月ほどの記憶が走馬灯のように巡り巡った。
本来の目的は……
あっ、そっか。この歯科に駆け込んだのは上の奥歯が脱落してしまったからだった。
その治療に来たときに、新しい義歯を造り、それは記念に持って帰るのではなくちゃんと口の中に装着し、そのあとはしばらく行なっていないようなので歯ぐきのクリーニングをしましょう。そういう口約束を交わしたのだった。
奇しくもちょうどそのころから歯ぐきも疼きはじめ、その痛みは通院期間と重なったのだった。
その痛みが日に日に強くなり、私は歯抜けじじいになる不安に亀甲縛りされてしまったので、本来の目的を見失ってしまっていたのだ。
院長。あなたは正しい。
予定していた治療はすべて終わった。
予定していない治療をどうするかは別途相談のオプションである。
「で、MUSSAN。歯ぐきがまだすっかりと良くなっていないようですが、ご提案ですが治まるまでの間2週間に1度くらいの割合で歯ぐきにレーザーを当てに来てはどうでしょう?」
商売上手だ。いや、医者の鏡のような人だ。
私が「喜んで!」と答えたのは言うまでもない。
気が大きくなってショッピング
とりあえずは治療は終わったし、歯ぐきも快方に向かっているので(が、最近は左上と右下と右上の歯ぐきもシフト体制を敷いてほのかな痛みを発しているような気がしてならない)、しかも帰り際に歯ブラシもプレゼントされたので(ホテルの洗面台に置いてあるような見てくれだが、袋には歯科医院専用と書かれているので、きっと由緒正しいものに違いない)私はすっかり晴れやかかつ大きな気持ちになって、会社に戻る途中ちょっと回り道をして、かねてから欲しいと思っていたものを買ってしまった。
0.3mmのシャーペンシルの芯である。
私は0.3mmの芯のシャープペンシルを愛用しているのだ。
0.5mmの芯は会社で消耗品としてもらうことができるが、私は0.5mmのシャープは使わない。心と一緒で書く字も繊細なのだ。その代償として、芯は自分で買わなければならない。
雲丹玉ならぬuni-ballのものを買ったが、けち臭いことに1ケース15本しか入っていない。それは別なメーカーのも同じだった。増量キャンペーンもやっていない。
むかしは20本は入っていたはずだ。
これなら中身よりもプラスチックのケースの方がコスト高だろう。が、15本あればトラブルが無い限り3年はもつんじゃないかと思う。
フォーレ(Gabriel Faure 1845-1924 フランス)のディヴェルティスマン「マスクとベルガマスク(Masques et Bergamasque)」Op.112(1919)。
フォショアの台本による1幕物の舞台音楽。モナコ皇太子アルベール1世の依頼で作曲された。
原作はヴォルレーヌで、マスクとは仮面、ベルガマスクとはベルガモ風の衣装のこと。ベルガモはイタリアの町の名である。
それを身に着けた喜劇役者たちの物語で、音楽は8曲からなる。
1. 序曲
2. パストラール
3. マドリガル(Op.35)
4. いちばん楽しい道(Op.87-1)
5. メヌエット
6. 月の光(Op.46-2)
7. ガヴォット
8. パヴァーヌ(Op.50)
また、フォーレは4曲からなる組曲(序曲/メヌエット/ガヴォット/パストラール)に改編している。
なお全8曲中、第3,4,6,8曲は自身の旧作からの転用。つまり、組曲は新作の楽曲のみをまとめたものになっている。
転用された旧作のなかでも「パヴァーヌ」の美しさは天上的で、単独で聴かれることが多い(私は「レクイエム」と「パヴァーヌ」がフォーレの最良の作品だと思っている)。
プラッソン指揮トゥールズ・キャピトル劇場管弦楽団、アリックス・ブルボン・ヴォーカル・アンサンブル、ゲッダ(テノール)による全曲盤を。
1980年録音。EMI。
私の歯の治療がひと段落したことについて、氷山課長は喜ぶと同時に悔しそうだった。
レーザー治療のとき、首の老人性いぼにもあてて焼き切ってくださいとお願いしたら、ドリル攻撃に遭ってしまうだろうか?