新・読後充実度 84ppm のお話

 クラシック音楽、バラを中心とするガーデニング、日々の出来事について北海道江別市から発信中。血液はB型かつ高脂&高尿酸血症の後期中年者のサラリーマン。  背景の写真は自宅庭で咲いた「レディ エマ ハミルトン(2024年6月22日撮影)。 (記事にはアフィリエイト広告が含まれています)

“OCNブログ人”時代の過去記事(~2014年6月)へは左の旧館入口からどうぞ!

2016/07

黒い鳥は生のお魚がお好き♪うまい!、ではなく「左舞」

Matsudaira  彼にとっては店の豊富なレパートリーの氷山の一角?
 夢のハイレゾ音響が実感できなかったり、CDリッピングのタグ管理の考え方がまとまらなかったりで、今後のことを思うと、気持ちは陽気で前向きだが、気分は憂うつである。


 たまにはFLACだのSACDだのHDDだのAKBだのV6のことは忘れて、SOBAについて説明したい。


 いやいや、そこの者、なにも構える必要はない。
 SOBAとはそば。
 つまり私が説明したい(言い触れ回りたい、とも言えなくもない)のは、先日の夜に初めて行った蕎麦屋のことだ。
 氷山係長セレクト、伏草課長コーディネイト、オディール・ホッキー友情出演の蕎麦屋である。
 
 池中さんと伏草課長と私-このトリオは2週間ほど前の昼にもそばを食べたのだが-は、その日大きな取引さまとの会議があり、会議に続いてお酒を飲みながらときには笑うことも許される懇談会という情報交換の場にも出席した。

 こういう立食の懇談会(ossia 懇親会)の場では、暴飲暴食できるものではない(なかにはそういう人もいるが)。

 日ごろ伏草課長にきちんとしたしつけをされている氷山係長は、それを察して私たちに直会(なおらい)の席をセッティングしてくれていた。

  どしゃ降りの夜、左に曲がって月で食らう
 その店が“月食”(仮名)という名のそば店だったのである。

 月食は会議・懇談会が行なわれたビルからすぐ近くにあったのだが、どしゃ降りであったことと、伏草課長が係長から渡されて食べログの地図の上下左右・東西南北の平衡感覚を失い、迷って途方に暮れたため、本来5分でたどり着けるところを11分費やしてしまった。

 このうち3分は、途中のビルの屋根のある駐車場の係のおじさんとお姉さんに道の説明を受けた時間である。

 伏草課長「ちょいとお尋ねしますが、この店はどっちの方になるんでしょうか?」
 おじさん「う゛っ?」

 お姉さん「おじさんが前に昼を食べに行った店じゃない?」
 おじさん「そうだっけ?」
 お姉さん「そうだよ。あそこだよ」
 おじさん「だったら……」
 お姉さん「そこの角を左に曲がってすぐですよ」

 と、お姉さんは腕を大きく回したあと角を指差した。それは伝統行事の舞いのようでもあり、職業柄の車の誘導のようでもあった。
 この間、おじさんは話を奪われ口が半開きのままだ。

 私 「美味しかったですか?」
 お姉さん「私は食べたことがないからわからない」(←はぁっ?)。
 (お姉さんはおじさんに向かって)「どうだった?」
 おじさん「どうだったかなぁ」

 伏草課長「ということは、そこの角を左に曲がればいいんですね?」
 お姉さん「そっ。曲がるの」
 伏草課長「すぐですか?」
 お姉さん「すぐですよ」
 トリオ一同「ありがとうございました」

 再びビニール傘を広げ、駐車場の前の道を斜め横断し、さらに15歩進んで角に立ち、左を見るとビルの前に月食のときの月のようにほんのりと薄暗く輝く看板が見えた。
 
 わからないときは、変な人と間違われない範囲内で聞いてみるものだ。
 そしてあのお姉さんは正直者だ。


  わざわざSa-Maiって書かなくてもいいんだけど…… 
 松平頼則(Matsudaira,Yoritsune 1907-2001 東京)の「左舞(Sa-Mai)」(1958)。

 名を見てもしやと思った方もいるだろうが、そのもしや、大当たり!
 作曲者は徳川の血筋をひいているのである。


 今日、日曜日のあなたの気分がまったりとしているか、それとも舞いあがってるのか私の知ったこっちゃないが、松平はこの曲を書いた前年には「右舞」を作曲している。

 ところで、左に舞ったり右に舞ったりというのはどういうことか?
 それについては、ここ早坂文雄の「左方の舞と右方の舞」の記事をご覧いただければと思う。


 高関健/大阪センチュリー交響楽団の演奏で聴くことができる。


 2001年録音。ナクソス。


 店に行くとまだ氷山係長は来ておらず、5分後くらいにそれまで氷山課長の相手をしてあげていたオディール・ホッキ―君と一緒に店に現れた。
 そういう意味では、多少路頭に迷ったぐらいでよかったのかもしれない。

 銀だらの西京味噌焼きとかメンチカツとかを頼んだが、どの料理もなかなかなものだった(って、実は他に頼んだものが思い出せない。オディール君が頼んだ鯵のなめろうだかの残像は視床下部にまだぼんやりながらある)。


P7300298 そば屋なので、宴の仕上げはそばである。

 私は“ピリ辛肉そば”というのを頼んだが、全然ピリ辛ではなく、けっこうな辛さであった。
 が、そばもつゆもなかなかのもの。辛さよ酔いで麻痺した舌にもそれはわかる。
 でも、なぜシンプルに味わえるざるそばにしなかったのかと、とっても悔やまれる。


 なお、味は良いが、〆で食べるにも量が少なく感じた。
 昼に食べるなら大盛りにしなきゃ満足しないだろう。


 ところで昨日は土用の丑の日だった。
 テレビのニュースは成長著しくなく、あいもかわらず忙しそうにしているうなぎ屋の様子を放映していた。

 そんなのを見ながら、私はマックスバリュで買ってきたあなごの押し寿司を食べた(言うまでもないが、写真は蓋だけである)。
 5貫で298円だった。

Let's ripping!と思いきや、タグ管理に課題が♪シューマン/アルバムの綴り

  クラシックでは命名規則がキモ
 Music Bee を使ったCDのリッピング(取り込み)については、いろいろな人がサイトで丁寧に解説してくれている。ありがたいことだ。

 私もあの文庫本と各サイトの説明を参考にして設定等を行なった。


 以下は、まだお悩み中の私の試行作業の経過報告である。


Bee0725


 これがCD取り込みの設定画面だが、“各トラックを個別のファイルとして取り込む時の命名規則”(各タグの優先度)は、ここで触れたようにデフォルトでは先頭(階層最上部)が〈アルバムアーティスト〉である。

 それを〈作曲者〉に変えた。さらに第2階層を〈アルバム〉にした(〈アルバム〉には作品名だけを入れるか、作品名+アーティスト名の一部、にするか苦悩中。でもここでアーティスト名を付加する意味はないか……)。
 とにかく、〈作曲者〉を先頭に挿入し、〈アルバム〉を第2位に昇格させたわけだ。
 なおここで使える項目は右横の“…”をクリックすると一覧が表示される。

 私にとっては、〈マーラー〉の〈交響曲第5番〉を聴きたいわけで、今日はショルティ三昧だぜって気分になることはまったくといっていいほどない。
 ただ〈交響曲第5番〉のフォルダに、この曲のいろんな指揮者の演奏が入り込んだらパソコンのキーボードに納豆を1パックこぼしてしまったように収拾がつかなりそうな気がしたので、〈交響曲第5番 ショルティ〉とか〈交響曲第5番 インバル〉というようにフォルダが別になるようにしてみた(実際には欧文で入力)。
 つまりこの項が、CDの1枚1枚と合致する。

 が、その下の階層が〈アルバムアーティスト〉だから、やっぱりネチョネチョになる心配なんてないか……
 欧文表記にしたのは日本語(全角文字)だと曲名順がネチャネチャになりそうだと考えたためだが、日本人演奏家が入り込んでくるとどっちにしろ同じことか……

 ごめん、もう少し悩む。


  再生中は場所的にPCで他の作業ができなくなるな……
 また、保存先フォルダはデフォルトでは“インボックスに追加”。
 インボックスというのは一時保管場所で、それでもいいのだが、リッピングのテストの結果、直接外付けハードディスクに取り込むようにしても作業に支障はないようなので“ライブラリに追加”に変更した(下に掲載している画面の際は“インボックスに追加”の設定でリッピングした)。

 そして楽曲を再生する場合は、パソコンと外付けHDDの両方をプレーヤーの3m圏内に持っていくのは厄介な作業なので、再生したいファイル(フォルダ)をご丁寧にもいちいちPCの内蔵ハードディスク(Music Beeのインボックスなど)にコピーすることにした。
 これでパソコンをソファの前のテーブルに置いてUSBケーブルと接続するが、テーブルの高さが低いので再生中にパソコンで別なことをするのは肉体によくないってことになる。

 CDを挿入するとこのような画面となる。

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 ほらほら。いきなりアルバムのジャケット写真が手持ちのものと異なる。
 空欄の項目ある。
 Gustav Mahlerがアーティストになっている(ある意味正しいが……)。


 コピーしておいたJPEGファイルのジャケット写真を貼り付け、各項目も正しい(=自分で管理しやすい)ものに書き換える。
 なお、“年”はCDのリリース年が表示される場合がある(何も表示されないことももちろんある)。私は録音年をここに入力することにした。

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 下の2つがリッピング中の画面。


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  エラー?気にしなくていいと思います
 そして、このCDの場合は、最後のトラックで“部分的に正確な取り込み完了”と、端的に傷つく言い方をすれば「完全な取り込みに失敗した」という意味のエラーメッセージ(もしくは"結果表示”と言うべきか?)が表示された。

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 もう一度やっても結果は同じだった。

 なので“続行”を選んだが、取り込んだ音源を再生しても私には特に問題は聴き取れなかった。
 なおこの曲のショルティ盤でも終楽章で同じメッセージが出たが、ドゥダメル盤では正常な取り込みに成功した。
 “部分的”ってどのくらいの“部分”なんだろう?ミクロ的なものなんだろうか?

 左のバーに表示されているのが取り込んだインボックスの状況である。

 フォルダの階層のトップを〈作曲者〉にしたので、すべてその階層下に保管されている(上に書いたようにインボックスに保存したので、Music Beeフォルダの中のRipped Filesフォルダ内にある。なお、Music Beeフォルダの中のMusicフォルダにある Chicago~というのはe-onkyoからダウンロードしたハイレゾ音源のファイルである)。

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 その〈作曲者〉だが、手元にあるCDのすべての作曲家ごとにするとフォルダ数が多くなりすぎるという問題がある。

 今回のテストを兼ねたリッピングではマーラーの交響曲第5番を数種類選んだが、特に好きな作曲家(当然持っているCDも多い)のみ“作曲者”欄に名前を入力し、あとの(私にとっての少数派)である作曲家、たとえばMacDowellとかMarieなどなどは“M"という作曲家名でくくってしまうという手もある。

 ただ、そうした場合には〈アルバムタイトル〉(通常は曲名とする予定)の欄に、まずは作曲者名を入力しておく必要がある。

 M → MacDowell Suite No.1 Yuasa → ……
 M → Marie La cinquantaine Groves → …… というように。

  ジャンルも加味すべきか?
 また、モーツァルトやベートーヴェンのように交響曲や管弦楽曲、協奏曲に声楽曲など作品のジャンルが多岐にわたっている作曲家については、〈作曲者〉と〈アルバムタイトル〉の前に〈ジャンル〉を設定した方がいいだろう(雑誌“レコード芸術”の年1度の付録“レコード・イヤー・ブック”では、ジャンル→作曲家→作品という順になっている)。


 こういった課題をもう少しよく吟味し、しっかりとした統一ルールを作らなければならない。
 ルールが出来上がったら、延々と続くであろうリッピング作業に本格突入することになる。

 シューマン(Robert Schumann 1810-56 ドイツ)のピアノ曲集「アルバムの綴り(Albumblatter)」Op.124(1832-45)。

 作曲年が長きにわたっているが、それはこの間にシューマンが書いた小品をかき集めて1つの曲集として出版したため。有名な「子供の情景」などで採用されずボツになった曲も含まれている。
 したがって全体の統一感はないが、どれもシューマンらしいファンタジックな音楽である。


 次の20曲からなる。


SchumannForest  1. 即興曲
  2. 苦痛の予感
  3. スケルツィーノ
  4. ワルツ
  5. 幻想的舞曲
  6. 子守歌
  7. レントラー
  8. 終わりのない苦痛
  9. 即興曲
 10. ワルツ
 11. ロマンス
 12. ブルラ(ブルレスカ)
 13. ラルゲット
 14. 幻想
 15. ワルツ
 16. 子守歌
 17. エルフ(妖精)
 18. 便り
 19. 幻想的小曲
 20. カノン


 カツァリスのピアノで。


 1986年録音。テルデック。


 「苦痛の予感」とか「終わりのない苦痛」なんて、なんだかこれからの作業を予言しているようで……

 にしても、ハイレゾ音源を聴けるPCオーディオ&USB-DACの環境が整ったのに、同じPCオーディオでもそっちよりもリッピングの方ばかりに考えが行ってしまっている。

 おかしいかしら、アタシ?

“嵐のように激しい”のあとは“非常にゆっくりと”♪クレツキのGM/アダージェット

MahlerErdeKletzki  とどのつまり、悪いのは私の耳か?
 e-onkyoからダウンロードしたマラ5
 
 ハイレゾの世界に大いにビックリ仰天、腰が立たないぐらいになるのを覚悟し、期待し、ドキドキしたが、CDとの音の違いについては全然驚かされなかったどころか、ネスカフェを飲んでないせいか違いのわかる男になれなかった私である。

 マンションの外がそこそこうるさいことと(特に狂ったようなセミたち)、あまり音量を上げられないこと、私が夏バテ気味で、同時にかすかな背中の痛みが尿管結石の前兆ではないかとおびえていたせいで、神経を集中させることができず違いを感じ取れなかったのかもしれない。

 あるいは、神経症のように何度も確認して設定したものの、致命的なミスがあって本来の音が出ていないのかもしれない。
 そんな不安もよぎった。

  ささいなことから順不同に
 が、別なことで驚かされた。
 それが上のリンク記事でさりげなく“問題”と書いたことである。

 第2楽章(嵐のように激して、いっそう大きなはげしさで)が終わったあとに続いて始まったのは“アダージェット”(非常にゆっくりと)。第4楽章だ。

 動く歩道が急停止したぐらいの衝撃だ。担担麺を頼んだのにタンメンが運ばれてきたぐらいに意表を突く。
 第3楽章よ、お前はどこへ消えたのだ?

 e-onkyoでダウンロードしたファイルは、命名規則の第1条件のタグとしてアーティストが設定されている。
 今回ダウンロードした音源の場合は“Chicago symphony orchestra/Sir Georg Solti”であった(この順序にもプンプンしちゃう)。

 しかしよく見ると、なぜか第3楽章だけ、その“Chicago symphony orchestra/Sir Georg Solti”というアーティスト名の表記がビミョーに違う。
 “Chicago”の前に“De~”という単語(名前)があるのだ(もう修正してしまったので綴りは覚えていない。修正後は正しい順序に戻った)。

 アルファベット順でいけば、DはCよりあとだ。
 だから第3楽章が最後のトラックとして配置されてしまったのだった。

 よく知っている曲ならこのような間違いはすぐに気付くが、初めて聴く曲やなじみのない曲なら楽章の順序がめちゃくちゃになっていても気づかず、それに馴染み、とんでもない思い込みをし、挙句の果てに世間で大恥をかいてしまう恐れがある。

 今回はアーティスト名の記述不統一(もしくはミス)によってこのような事故が起こってしまったが、こういうことは実はCDを取り込む際にも起こりうるので注意が必要だ。

 私の経験では、過去にウィンドウズ・メディア・プレーヤーで取り込んだCD音源をカーオーディオで聴くためにCD-Rに焼いて再生したところ、ある楽曲の楽章間に同じCD内の別な作品の楽章がインサートされてしまうという怪奇現象があって、思わずルームミラーに変なものが映っていないか心配になったほどだ。これも元のCDのタグの表記が統一されてなかったためだろう。

  アーティストごとの管理はクラシック的ではない
 ところで、ほかのジャンルならまずはアルバムアーティストのタグ(北島三郎とか山本リンダとか)でフォルダをくくるというのは理にかなっているのかもしれないが、クラシック音楽の場合、多くの人にとってそれではやってらんねぇよ!って気分になってしまうのではないだろうか?

 私が楽曲を管理する順序は、作曲家→曲名(≒CDのタイトル)→演奏者である。
 所有しているCDは、現在ワードで管理しているが、これを見ておわかりのように、作曲家ごと、作品ごとでリストを作っている。
 この体裁は、2000年ころまで毎年発行されていた“レコード芸術”の別冊“作曲家別クラシックCD&LD総目録”に準じている(にしても、LDですよぉ)。

0715-7


 e-onkyoでダウンロードする際に、“作曲家”をフォルダ管理のタグの第1条件にできるのか(階層の最上位にできるか)どうか、今の私にはわからない(そういえば、Xアプリで取り込んだファイルも複雑怪奇に保管されている)。
 もっとも、まだ1つしかアルバムをダウンロードしてないわけで、悩むような域には全然達していない。

 Music BeeによるCDのリッピングの際のフォルダ管理(“各トラックを個別のファイルとして取り込む時の命名規則”。タグの優先順序である)でも、デフォルトではアルバムアーティストが先頭。それにアルバム、ディスク・トラック番号&タイトルが続く。

 先の例でいえば、Chicago Symphony Orchestra/Sir Georg Solti → Mahler Symphony No.5 → 1 第1楽章 って感じだ。

 しかしこれは自分で設定し直すことができる。
 このあたりの話は、あらためて報告したい。

 マーラー(Gustav Mahler 1860-1911 オーストリア)の交響曲第5番嬰ハ短調(1901-02)から、意外と意表をついて、クレツキ指揮フィルハーモニア管弦楽団による第4楽章アダージェット(Adagietto)」。

 「大地の歌」とカップリング収録されているものだ(たぶん、クレツキは第5番の全曲は録音していない)。
 演奏も「大地の歌」と同じく、ピシッとしたストレート・タイプ。夢想的にいじくりまわさないところが、ある意味あっぱれだ。

 1959年録音。ワーナー(EMI)。

  美人だとは気づかなかった私
 数日前、嵐では全然ないが、けっこう強い雨が降った。
 傘を持ち歩くのが嫌いな私は折りたたみ傘ばかり使っているのだが、この日は折りたたみ傘では無理と判断した。持ち歩くのも嫌いだが、傘をさすのも不得意なのだ。

 かといって、大型のこうもり傘はどこかに置き忘れてしまう心配がある。
 そこでしょうーもないビニール傘を使うことにした。

 私は全然おしゃれではないが、ビニール傘を使うことにはやや抵抗がある。なんだか貧乏ったらしい(そういう意味では私にぴったりなのだが)。

 が、折りたたみ傘より頼りになって、置き忘れてもあまり悔やまなくて済むとなればビニール傘しかない(これとて帯広支社にいたときに持ち主不明ゆえに勝手に持ってきた上に、引っ越し荷物にまで入れてこの地に運び込んだものだ)。

 が、世の中、いろんな考えが、まったく逆の見方がある。

 浅田次郎は、「ま、いっか。」(集英社e文庫)の「完全な美女」というタイトルのエッセイで次のように書いている。


 ……あのビニール傘のデザインが好きでならない。けっして自己主張せず、持ち主の人格もファッションも脅かすことなく、しかも機能的で、いかにも傘の領分をわきまえつつ完成した、という彼女なりの美学を感ずる。そしてここが最も肝心な点なのだが、その透明さはうっとうしい雨を、安らぎに変えてくれる。雨が降っているのではなく、閉(た)てられた水の中に自分がいるという気になる。……

 ……私には、あの白い柄の透明な傘が、まこと非の打ちどころない完全な美女に見えるのである。
 まさか彼女が言うままに、使い捨てるわけにはゆくまい。
                             (初出は『MAQUIA』2008年8月号)

 すいません、ビニール傘さん。

 でも、私の場合は雨のうっとうしさは解消されなかった。
 まっ、いいけど……

太郎さんったら、ぜんぜん太くないの♪フランク/Sym in d

P7240296  私を魅了した写真
 そして、この際お金を出しても良いと思った。


 ファッションヘルス前に飾ってある女性の写真のことではない。


 サッポロ一番の焼きそばの話である。

 スーパーに行ったときにたまたま視界に入った5個入りパッケージ。そこに印刷されている写真があまりも美味そうだったのだ。

 縁日とかは好きじゃないし、とりたててソース焼きそばが好きなわけじゃないが買ってしまった。

  太郎と次郎とママの思い出

 高校生のとき、私は西区西野から東区の高校へ通っていた。

 冬場は西野ターミナルから地下鉄西28丁目駅まで市営バスに乗り(現在は札幌市営バスというのはない)バスセンター駅まで地下鉄で行って、バスセンターからまた市営バス乗っていた。
 なお、はっきり言って今のバスセンターは亡霊が出るんじゃないかと思うほど廃れている。


 夏場は片道10km以上の道のりを必死にペダルをこいだ。札幌市を横断というか縦断というかした。
 出るわきゃないのに、自転車に付けていたスピードメーターは80km/hまで目盛があった。
 
 当時は土曜日もまぎれもない登校日。
 しばしば昼ご飯を途中で食べた。


 夏は途中の住宅街にあった“うきよ食堂”でラーメンを食べた(味が薄かったらしょう油を足してねという、こだわり皆無の店だった)が、冬は有楽ビルの地下で食べることが多かった。


 有楽ビルの名は今はもう消えてしまい、桂和大通ビル50となっているが、あのころは1階と2階が紀伊国屋書店だったためにけっこう人が出入りしていた。

 地下の2フロアーも活気ある飲食店街で、私たちはラーメンの“太郎”かその隣のスパゲティ専門店“二郎”に行くことが多かった。


 “二郎”(次郎だったかもしれないし、ジローだった可能性も捨てきれない)はスパゲティ専門店なのにもかかわらず、麺は水っぽく(お湯っぽく)ソースはコクがない、驚くほど専門店らしくない店だった。

 そのような“アンチnice度合”(味と店主の無愛想さ)は、札幌市民会館の北側にあったビルの地下のスパゲティー専門店“ママー”と双璧を成していたと私は思う。
 なお、ママーに私が初めて行ったのは社会人になってからのことである。時間の隔たりがありすぎるので2軒を単純に比較できないが、ママ―の方がひどかったように思う。


 狭いくせに昼どきでも座れないことがなかった“二郎”とは対照的に、“太郎”はふつうのラーメン店なみに人が入っていた。
 この店の壁には“自慢のスープを残さずにお召し上がりください”と書かれた、高血圧患者なら血管が破裂してしまいそうな貼り紙が貼ってあり、当時の私は血圧は高くなかったがスープを飲み干す習慣はなかったので(それはいまも同じ)、ラーメンを注文することはあまりなかった。
 だからソース焼きそばを頼むことになるのだが、それはなかなか美味しく満足のゆくものだった。
 しかし、なぜかその後はソース焼きそばそのものがあまり好きではなくなるという嗜好の変化が起こってしまった。


 だからスーパーの総菜売り場で焼きそばを買うこともなかったし、焼きそばロールなるフランクフルトではなく焼きそばがはさんである、糖尿病患者なら卒倒しそうなホットドッグ状のパンを買うこともなかった。

 インスタントの焼きそばでは、焼きそばとは別概念のフードである北海道(と九州の一部)限定の“S&Bのホンコンやきそば”を愛したが、マルちゃん“やきそば弁当”(これも北海道限定)やら“UFO”は1度か2度、味見がてら食べただけである。


 焼きそばを好まなくなった人生を送りはじめたあと、唯一美味しいと思ったのは、大阪勤務のときに行った居酒屋のソース焼きそば。太い麺に濃厚なソースがからんだもので食べ(噛み)ごたえがあった。
 そのときに、自分は切れた輪ゴムのような細い麺が嫌いなのだと気づいた。

 が、その後も焼きそばは私が能動的に食べるメニューに昇格することはなかった。
 北海道では太麺の焼きそばってあまり見かけないし……

  けっこう太かったんです……
 そんな私に関心を持たせるとはサッポロ一番も大したものだ。

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 よく見ると“東味”とある。
 中部地区は東に位置づけられるのか……。ドラゴンズはウェスタン・リーグに入っているので、てっきり西かと思っていたのだが……

 さて、この焼きそばを作ってみたが、麺は太めで看板に偽りないもちもちの麺。
 インスタント焼きそばでそれなりに満足したのは(孤高のホンコンやきそばを別にすれば)初めてかもしれない。

FranckSymMonteux フランク(Cesar Franck 1822-90 ベルギー)の交響曲ニ短調(1886-88)。


 前にも書いたが、この曲名を初めて目にしたとき、不思議さを超えて不気味ささえ感じたものだ。
 それはクラシック音楽を聴き始めてすぐのころのことで、「第〇番」というのもなければ作品番号もついてない(ただし一般的とは言い難いが、Op.48と表記されることもある)。おまけに楽章は3つ。音楽もどこか陰気くさい。

 ヘンナノ!
 でも、いまじゃすっかり慣れっこさ!

 このところ聴く演奏聴く演奏、どれも感心することしきりのモントゥー指揮の演奏を。
 オーケストラはシカゴ交響楽団。


 この演奏もお見事。実に威勢のいい演奏だ。 この曲がはらむねちっこさもしつこくならず、曲が生き生きした感じ。


 クレンペラーの演奏もいいが、気取って笑わない女性を大笑いさせたようなザマミロ感、いや、爽快感を感じるようなこの演奏もいい。


 1961年録音。RCA。


 この作品はここでも書いたように循環形式で書かれており、冒頭の序奏はベートーヴェンの弦楽四重奏曲第16番の終楽章のモティーフ(“Muss es sein?”のモティーフ)が用いられている。
 これはリストも交響詩「前奏曲」で使っている。


 それにしても、今回あらためてホンコンやきそばの特異性を認識させられた。


設定に苦労した甲斐あって、出てきた音は!♪GM/Sym5(by Solti)

AudioForest  私にとってはじゅうぶんに高級なケーブルです
 ところでPCとSA8005を接続するにはUSBケーブルが必要だ。
 が、これもオーディオ用のケーブルにしなくてはなるまい。

 ということで、上(空じゃなくて値段のこと)をみればきりがないので、口コミも参考にしてオーディオクエスト社のForest2という製品をヨドバシのネットショップで購入した。

 長さは3メートル。
 SA8005のマニュアルにはケーブルは3メートル以内にするよう書かれている。

 かといって、ケーブルが短いとパソコンとオーディオ機器を超接近させることになり、ノイズの問題が起こり得る。

 ということで、ケーブルは短いに越したことはないと思いつつも許容範囲ぎりぎりの3メートルの製品にした。

 価格は5000円ちょっと。
 3メートルのものはカタログに価格が載っていないが、1.5メートルのものの希望小売価格が4400円なのでそこそこ割引されていたのだろう。

 で、これを買った数日後、札幌に出張した折にビックカメラに行ったら同じ製品が置いてあって、なんと9600円の値段がついていた。

 いまの世の中、ネットで得られる情報は多い。
 で、その膨大な情報をよく吟味し、取捨選択しなくてはならない。
 そうでないと、健康に良いと話題のエゴマが安くなっているからとネットで注文したはいいが、利用の仕方がわからずに途方に暮れるというような悲劇が起こり得るのだ(その食べ方にしてもネットに載ってるんだろうけど)。

 ヨドバシ価格を知らないままビックで飛びついていたら、倍とまではいかないがかなり痛恨のお買いものミスをするところだった。

 が、これってどうも店の価格設定ミスのような気がしてならない。だって、1.5メートルのメーカー小売希望価格を2倍したって9600円にはならないもの(カタログをみると1.5メートルの価格は0.75メートルの1.3倍に過ぎない。この係数でいけば、私が買った3メートルの値段も妥当すぎるかもしれない)。

2016072112220000

 私の買ったFORESTというケーブルは、オーディオクエストのラインナップではいちばん下位の製品。

 いちばん高いのは、希望小売価格で1.5メートル87,000円、0.75メートル69,000である。
 8万くらいで買ったパソコンにこのケーブルをつないでプレーヤーと接続したら、どうなるんだろう。
 音は良くなるんだろうか?

 ところで、このオーディオ・クエストって会社も、marantzやDENONと同じディーアンドエムホールディングズ傘下だった。私はそのことを買ったあとに知った。

  ここで設定をしないとPCのスピーカーが鳴るだけです
 さて、SA8005をUSB-DACとして使うために専用ドライバーをインストールし、PCのサウンドの設定を行う。

SoundDeviceScr

 おお!ちゃんと“Marantz USB Audio”が認識されている。
 認識されなきゃ困るし、認識されるのが当たり前なんだけど、当たり前が当たり前にならないこともままあるこの世界。なんかプチ感動。

 さらに詳細設定。

AudioDevicePropa

 マランツが推奨する24ビット、192000Hzに設定。

 このあと、ようやくPCとSA8005がつながれた。

P7230294

 
  いきなりハイレゾにアタック
 今度は Music Bee の設定。

 こんな感じである。
 って、終わってしまえばそう書いておしまいなんだけど、けっこう画面をあっちにこっちに行ったり来たりした。
 
MusicBee設定

 試しにCDをリッピングなんてけち臭いことはせず(そのあとはリッピングもしてみた。その際に画面の画像を取り込んだのでリッピングされたWeissのCDも表示されている)、e-onkyoからハイレゾ音源をダウンロード。

 いつもオーディオ・チェック用に使うCDはショルティ/シカゴ響によるマーラーの交響曲第6番であり、その音源を聴くのがいちばんなのだが、残念ながらハイレゾ音源はなかった。そこで、LP~CDとやはり十分に聴きこんできた同じ組み合わせによる交響曲第5番嬰ハ短調(1970年録音。デッカ)を選んだ。

 FLAC192KHzで、容量は3.37GB。

 CDのサンプリング周波数は44.1KHz、容量は700MBがMAXだから、この音源にCDではカットされてしまった情報がどんだけ大量に満たされているのか期待は高まる。

 ダウンロード後に Music Bee で再生するときのPC画面はこういうもの。

MusicBeeGM5

 そして再生すると、SA8005のディスプレイは次のような表示になった。

P7230292

 おおっ!ちゃんと192kになってる!
 って、「それだけかい、表示は」という思いもしないわけではない。

 そして出てきた音は、目からうろこ、耳から耳たぶが落ちるほどCDとの違いが……感じられずどうしたものなのかと新たな悩みというか疑問を抱いている(ただし屋外はそこそこうるさくじっくりと聴く環境ではなかった)。

 もう1つ、別な問題も……(数日後に続く……)。

完全理解なんてはったりです。私が生き証人です♪バッハ/BWV.903

  ツメが足りないような……
 先日、PCオーディオやハイレゾ再生に関する本を紹介したが、日経BP社(A4判)の「これ1冊で完全理解 PCオーディオ入門」は、複数の執筆者によるもの。一部の記事を除き執筆者は明記されておらず、テイストとしては“日経パソコン”誌と同じような感じ。前向きな記述はいいのだが、どこか軽い。

PCaudioNikkei

 “~で設定は簡単だ”“~のあとは画面に従うだけだ”“~の面倒はない”なんていうノリだが、けっこう行き詰ったりするのである。
 確かにこの1冊でだいたいの概要はつかめるが、今一つ頼りにならず、かすかにうさんくさくもある。
 まっ、表紙の絵からしてそういうノリなんだけど。
 この本、再生ソフトとしてはfoobar2000(無料)をイチオシしている。

  表紙からして何かそそられるBB
 ブルーバックス(講談社。新書サイズ)の「ネットオーディオ入門」はオーディオ評論家の山之内正氏の著。
 2013年第1刷発行だが、まだまだ使える。
 理論的なことを知るには格好の1冊。

NetAudioBluebacks

 ブルーバックスって高校や大学に通っていたときにずいぶんと買って読んだ。
 一応理系だったので、“科学をあなたのポケットに”というキャッチフレーズで、豊富なラインナップのこのシリーズはけっこう重宝して読んだのだった。

 しかし、いまになってブルーバックスを買うのは科学青年を装っているようで、あるいは中年科学オタクのようでなんだか気恥ずかしい感じがしないでもない。

 いずれにしろ、変に読者に媚びない書き方はまさに“科学的”だ。

  7音じゃなく3音じゃんけ!
 「いい音で聴きたい PCオーディオ&ハイレゾ入門」(文庫サイズ)は荘七音の著。SOU DOREMIって読むらしいが、なんかねぇ~……

PCaudioGihyo

 でも内容はいちばん実践的。
 この本ではCDのリッピングとリニアPCM方式のハイレゾ(FLACなど)の再生ソフトとして Music Bee(無料)を推している。

 また、DSD方式についてはfoobar2000を取り上げている(Music BeeはDSD方式に対応していない)。

 技術評論社には思い出がある。
 マイコンがパソコンと呼ばれるようになり急発達したころ(NECのPC98シリーズが出たあたり以降)に、私はここが発刊していた“The BASIC”というパソコン誌を毎月買って読んでいたのだった。

 3冊の中ではこの本がいちばん実践的と書いたが、文庫ゆえに内容も語りつくされているとはいえないのが惜しい。

  2種のソフトを併用
 さて、私はどうすることにしたのか?

 CDの取り込み、つまりリッピングは Music Bee を使ってFLACで取り込むことにした。
 またリニアPCM方式のハイレゾ音源(FLACなど)の再生についてもFLACを使うことに決めた。
 DSD方式の音源は foobar2000 を使うことにした。

 実はfoobar2000だけで、FLACでリッピングができるし、リニアPCM方式とDSD方式の両方を再生できるのだが、PCMとDSDの音源の違いによっていちいちソフトの“Output Mode”でDSDとPCMを切り替えるのが面倒なので、PCMはMusic Bee、DSDはfoobarと持ち場を分担させることにした。

 なお、foobarのDSD再生の設定について、日経BPの本は“DSD再生をするなら、さらにSACD再生用のコンポーネントも追加しよう”と掛け声はかけてくれているが(図も5枚載っている)、こちらとしてはちょっと突き放された感は否めない。
 DOREMIさんは紙面が不足。
 KOHさんという方が書いているオーディオ関連のブログのおかげで、私は詳しい手順がわかった。

Bach,JS903Biret バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の「半音階的幻想曲とフーガ(Chromatische Fantasie und Fuge)」ニ短調BWV.903。

 1720年ころに作曲され、'30年ころに改訂されたと考えられている。

 この作品には10数種の筆写譜が残っており、このことから作曲された当時から人気があったと推察されている。

 トッカータ風の幻想曲と3声のフーガからなる。

 端正ながらも情熱を秘めたようなビレットのピアノ演奏で。

 2015年録音。IBA。

 写真のビレットは伊勢駅前の食堂のサンプルのような色合いになっているが(おっ、このときの記事もたまたまビレットだ)、これはスキャン上の問題。実際の写真はモノクロである。

 その販売元のナクソスは、こうコメントしている。

  ……そんな彼女によるこのバッハは、ペダルをほとんど使用せず、明快で強靭なタッチが特徴的。時折浮かび上がる旋律線が妙に残像として焼きつくような面白いものです。グールドは「フィッシャーのようには弾きたくない」と言っていたそうですが、フィッシャーを聴いてバッハに目覚めたビレットが、ある意味グールドのような自由な演奏をしているのも面白いところではないでしょうか

 さて、あーだこーだと試行錯誤を繰返し、なんとかソフトの導入から設定を完了した。
 さあ、いよいよリッピング&再生の実行だ。

今日は「真夏の夜の夢」の結婚曲じゃなく……♪ティペット/真夏の結婚

TipettConcerto  謎の訪問者
 おととい、土曜日の話である。今日は。

 ところで“おとつい”と“おととい”はどっちが正しい言い方(書き方)なのだろう?
 手元の国語辞典を見ると、“おとつい”の項では「⇒おととい」と書いてある。

 じゃあ“おととい”はというと、「⇒おとつい」とは書いてなく、「きのうの前の日」とある。
 ということは、“おととい”のほうが正統性において一歩リードしている感がある。

 そんなことはどうでもいいのだが、午前中は部屋にいた。

 インターフォンの呼び出し音が鳴った。
 モニターにはクロネコの配達のお兄さんが映っていた。
 だから開錠した。
 私は快くはんこを押した。

 その40分後。
 またインターフォンの呼び出し音が鳴った。
 モニターには見知らぬ、熟女と老女の境界に位置するような女性が映っていた。
 どんな用か皆目見当がつかないが、接点を設けるべき相手とは思えない。
 無視した。
 相手もそんなにこの部屋に執着があるわけではないようで、呼び出し音は3回で終わった。

P7210283 さらにその30分後。
 またまたインターフォンの呼び出し音が鳴った。
 モニターには見知らぬ、30歳前後の男性が映っていた。
 襟のついたシャツを着ている。
 なんとなくセールスっぽい感じがするが、もっとややこしい勧誘かもしれない。
 絶対に接点を設けるべき相手ではない。
 別に潜める必要もないが、モニターの前で息を押し殺してしまった私である。
 この人、けっこうしつこくて10回ぐらいインターフォンを鳴らし続けた。
 でも、あきらめて帰った。

 休日もあまりこの部屋にいることがないのでわからなかったが、このインターフォン、日々、けっこう叫ばされているのかもしれない。
 私は明らかに荷物の配達に従事しているという格好の人にしか応答しないことにしている。

 幸いこのマンションはオートロックだからいいが、大阪や東京のときは洗剤やるから新聞とれだの、とっておきの集会の案内ですだの、ややこしい話をドアの外でつぶやかれたりもした。

 だから冷酷な人間だと思われようと、応えない。

P7230290  札幌ではなく佐幌
 そもそもその間何をしていたかというと、何冊かの本を開いたり、勝手に閉じてしまったりしながらCDのパソコンへのリッピング作業(の試行)をしていたのだ。

 全然別のジャケット写真が入ってきたり、うまいぐあいにトラックが並ばなかったりと、試行にふさわしいトラブルに見舞われたし、それはまだまだ解決したと宣言できる状況ではないが、この話はおいおい書いてゆく。

 昼は帯広支社の森さんが送ってくれたサホロカレーを食べ(あぁ、お肉ゴロゴロ)、そのあとは結婚式に出席するために出かけた。

 この日はバカ暑くなかったので助かった。
 礼服で炎天下を歩くのは、虫眼鏡を使って日光を収束させて光を照射された黒い紙に変身することに匹敵する。

  現代的な中にも厳粛さが
 良い結婚式だった。
 式は自由な雰囲気をたたえつつも厳粛で、披露宴は形式ばらない会場が一体となった感じで、2人の明るい未来を象徴するかのようだった。

 私の席は支社の他の人たちと一緒。
 新婦側のあいさつとして、若園課長が名スピーチ。
 自分がスピーチするわけではないのに、なぜか彼の部下のオディール・ホッキー君が妙に緊張していた。

 ところで挙式では、最初の新郎の入場ではクラークの「トランペット・ヴォランタリー」が、新婦の入場はワーグナーの「結婚行進曲」がオルガンで弾かれた。
 そのあとはホルストの「ジュピター」のサビの部分が、やはりオルガンで静かに繰り返し弾かれた。「ジュピター」はすっかり有名かつ広く浸透した曲になったようだ。

 尺八の音とともに新郎新婦が披露宴会場へ入場した、私のころとはえらいギャップだ。
 西洋クラシック音楽をを使いたかったなぁ。

 なお、披露宴ではクラシックとしてはメンデルスゾーンの「結婚行進曲などが使われていた。

 ティペット(Michael Tippett 1905-98 イギリス)の歌劇「真夏の結婚(The midsummer marriage)」(1946-52)から「典礼の踊り(Ritual Dances)」.

 オペラは作曲者自身の台本による3幕からなるが、ティペットは指揮者ザッヒャーの委嘱によって組曲である「典礼の踊り」を作った。

 曲は、第2幕前奏曲で始まり、場面が変わることを表わす音楽をはさみながら4つのダンス(「秋の大地 ノウサギを追いかける猟犬」→「冬の川辺 魚を追いかけるカワウソ」→「春の息吹 鳥を追いかけるタカ」→「夏の火事 人間の自己犠牲」)が演奏される。

 アンドリュー・デイヴィス指揮BBC交響楽団、同合唱団(「夏の火事」で加わる)の演奏で。

 1993年録音。apex(原盤:テルデック)

 マンションに戻り郵便受けを見ると、エホバとかダビデと書かれたビラやマンションの部屋を転売しませんかと書かれたチラシが入っていた。

 あの微老女や微壮年の男がこれらに関係しているのかわからない。
 が、応対しなくて正解だったのは確かなようだ。

ウチは前からレスです、という人もいるだろう♪ホルスト/惑星(by レヴァイン)

HolstLevine  音源保存・音楽再生にPC利用を気づかされた私
 いよいよもって私も音楽を聴くうえでPCを活用することにした。

 これまでもPCは使っていたが、あくまでウォークマンに音源を取り込むためにだけ。
 それでもハタと気づき、サンプリング周波数や量子化ビット数が大きい方が元の音楽情報量に近いと、今年になってから取り込み直しを徐々に始めたところだ。

 が、いろいろ勉強してみると-私はウォークマン専用のXアプリでCDを取り込んでいるが-どんなに気前よく設定しようとも、取り込んだデータはしょせんはロッシー圧縮(非可逆圧縮)されたもの(一部そうではないものもあるが)。
 設定値によって程度の差こそあれCDに収められている元のデータからは情報が失われているのである。

 写真はXアプリのCD取り込み設定画面だが、このなかで非圧縮なのはWAV。音質劣化がないわけだが別な場面で触れることになると思うが、これは容量が大きい。容量が大きいのは宿命として受け入れるが、このWAVフォーマットは楽曲管理が大変らしい。

 ATRAC Advanced Losslessはその名のとおりロスレス形式。可逆圧縮だから元のデータに戻せるもののSONY以外の物では使えない。
Xアプリ設定画面
 あとのフォーマット、AACやMP3などはロッシーである。しかもATRACはSONY独自のファイル形式だ(ウォークマンでギャップレス再生するには、ウォークマンに転送する際にATRAC形式にしなくてはならない)。

 非可逆圧縮されたファイルは容量は小さくなるが、結局はキメの粗い写真画像と同じようなものなのであり、元に戻すことはできない。
 ツルツルのお肌は化粧品代をけちったばかりに取り返しのつかないボロボロの状態になるのだ。ただ、遠目で見ればわからない。近くで見れば、あるいは大きなテレビで見ればよくわかる。
 音楽ファイルもそれと一緒だ。

 そこで、音楽に関してはウォークマン中心(というかオンリー)でパソコンを使っていたものの、その方針を大転換。せこい非可逆圧縮などしないことにした。名づけて“舛添よさらば”作戦である。
 都民じゃないがロスレス(可逆圧縮)でCDを取り込むことにした。

 形式は(以前コメントを寄せて教えていただいたこともあり)FLAC。
 ロスレス形式のファイルは再生する際には、可逆ってくらいなので、元のCDと同じ状態に戻せるのである。

 これまで音楽再生にPCを使っていなかったのは、PCで再生されるひっでぇ音なんて聴きたくなかったからだが、今回プレーヤーを替えたことによって、PCに取り込んだ音源をオーディオ装置で再生できるようになった。
 だからこそ何かとレスの多い私の日常に、ロスレスも加えることにしたのだ。

 これで高品位(CDと同等)の音で、PCに取り込んだ音源が聴ける。逆に言えば、ロッシーしちゃえば名犬ラッシーが噛もうが吠えようが、接続したオーディオ機器からCDと同等の音の再生をすることはもはや不可能なのである。

  ロスレスでCDをリッピング(していく心構え)
 幸い(っていうのも変だが)、Xアプリで高ビットレート、高周波数設定でMP3形式(非可逆圧縮の代表的形式)で取り込み直したら内蔵ハードディスクがパンパンになるだろうと想定して、すでに外付けハードディスクは準備してある。3Tである。

 手元には1000枚以上のCDがあり、それをロスレスですべてリッピング(取り込み)したとしても余裕があるだろう。
 下に載せた「ネットオーディオ入門」ではCD3000枚をロスレスで取り込んでも1テラに収まると試算している(CD1枚700MB×3000枚をロスレスでリッピング)。
 余裕のよっちゃんだが、個人的な事情を白状するなら、果たしてその作業を成し得るかの自信と根性が全然ない。

 だが、そうまでしてCDをリッピングしようと思うのは、CDも永久にもつものではなく、腐るからだ。臭いはしないが……
 前にも書いたように、酸化して再生できなくなった経験も私はしている。

  もう1つの目的はハイレゾ再生
 これまでの人生の中で、私はハイレグのお姉さんに縁がなかったし(おばあさんにも)、自身でハイレグを身に着けたこともないが、ハイレゾにも同じくらい縁がなかった。

 ハイレゾ音源であるSACDを再生できる環境が整ったのも、つい最近のことである。

 SACDだけではなく、ハイレゾ音源を配信しているサイトからネットで音源をダウンロードしハードディスクに収めておけば、USBケーブルでパソコンとDAC機能のついたプレーヤー・SA-8005を繋ぐことでハイレゾ音源を聴くことができるようになった。

 ハイレゾというのは高解像度という意味であり、CD化する際に切り捨てられた(収まりきれなかった)情報を含む音源である。

 以上、リッピングとハイレゾの2つを目的として、いよいよもってPCオーディオの世界に首を突っ込むことにしたのである。

2016071608450000  お勉強熱心な私
 新たなことに取り組むときに形から入るのが、私の良くもあり悪くもあるクセである。
 てなことで、まずは書籍を買って勉強である。

 上に偉そうなことを書いたが、本を読むまでロッシーでここまでCDの情報を失っていたことも、愚かな私ははっきりとは認識していなかった(MP3の最高品質でリッピングしたので満足し、そのあと売っぱらってしまったCDもあるのだ)。

 老いても勉強を怠らないところは我ながら立派だと思うが、理解力が乏しいために、自分の人生に残された貴重な時間をロスしているのも事実である。

 子どものころにじいちゃんにおねだりして買ってもらったクソ安物の天体望遠鏡、プレヤデス(すばる)や木星を見た感動が忘れられず(青白く輝くすばるの美しさ!マッチ棒の先ほどの大きさだったがなんとなく縞模様がわかる木星の神秘!そして数ある木星の衛星のなかでも明るい4つが針の先ほどの小ささだったが確認できた)、結婚して子どももできたときに私はあらためて天体望遠鏡を買った。子どもはもう少し大きくなったら星を観測することに興味を覚えるに違いない。そう期待した。

 望遠鏡を買った私は、天体観測の本を何冊も買って勉強した。
 そしていざ星を見ようとしたとき、目の悪さから目的の天体に照準を合わせられないという致命的な事態に直面した。さらにその後何年経っても、子どもは望遠鏡を覗いてみたいなんてまったく言わず、大学は文系の学部に進み(仏文学ではない)、社会人になってしまった。

 このように勉強したが実践に結び付かないことが、私には多々ある。
 今回はそうならないようにしたい(続く……)。

  CDでもこれだけ良い音
 ホルスト(Gustav Holst 1874-1934 イギリス)の組曲「惑星(The planets)」Op.32,H.125(1914-16)。

 この曲についてはここなどに書いているが、第4曲の「木星(ジュピター)」のサビの部分はいまやすっかり有名になってしまった。でも、現在はヘパリーゼのCMでサビじゃないところが使われている。

 レヴァイン/シカゴ響の演奏は、リンク先記事にも書いているように優秀録音。
 が、演奏にいまひとつ深みがない。「レヴァインだからね……」と言ってしまえばおしまいだが……

 もしこれのハイレゾ音源があったら(まだ検索していない)、さぞかしすごいだろう。
 CDでもじゅうぶんすぎるくらいだから。

 終曲「海王星」の合唱はシカゴ交響合唱団。

 1989年録音。グラモフォン。

このめでたき日を祝し♪バッハの結婚カンタータ

  末永くお幸せに!
 今日の午後は、当支社に勤める女性社員の結婚式にお呼ばれされている。

 お呼ばれされているということは、出席することを許されているのである。
 お許しいただきありがとうございます。
 そしておめでとうございます。

 で、Many Happy Returns です ↓

ManyHappy100810


  バッハは残した2曲の結婚カンタータ
 バッハ(Johann Sebastian Bach 1685-1750 ドイツ)の結婚カンタータ「おお、やさしき日、待ち望みし時(O holder Tag, erwunschte Zeit)」BWV.210(1738-41)。

BachHogwoodSet 10曲からなる世俗カンタータで、合唱は用いられず声楽はソプラノ独唱のみ。オーケストラも小規模の室内楽風のカンタータである。

 カークビーのソプラノ、ホグウッド指揮アカデミー・オブ・アンシェント・ミュージックの演奏を。

 1996年録音。オワゾリール。

 なお、もう1曲の結婚カンタータ(Hochzeitskantate)は「今ぞ去れ、悲しみの影よ(Weichet nur, betrubte Schatten)」BWV.202。

 作曲されたのは1718年頃から23年頃の間と考えられている。
 9曲からなる。

 この作品も上のディスクに収録されている。

  幸いあれ!気高きお二人よ 
       (BWV.210第10曲の歌詞より)

 

文学を研究する前にまずは合掌?♪LvB/フィデリオ

P7200279  スケベな客
 村上春樹の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」(文藝春秋社)。

 主人公がかつての友人“アオ”の勤める“名古屋城に近い静かな一画にある”レクサスのショールームを訪れる場面。

 つくるが話しかけたレセプション・デスクに座った女性は、

 髪を上品に上にまとめ、ほっそりとした白い首筋を表に出していた。
 ……(中略) ……
 彼女は明るく清潔なショールームに似合った穏やかな、整った微笑みを彼に向けた。唇が自然な色に塗られ、歯並びが美しい。……


のであった。

 いやらしい観察者だこと。

  DIY、シャワー編
 火曜日。
 本社の方2名と千葉課長と昼食を食べたあと、私は1人、檜さんとナシニーニ氏に会うべくデチュ熱風商会を訪れた。

 その前に電車通り沿いにある東急ハンズに立ち寄った。

 実はわが家の浴室のシャワーのホーズのつなぎ目箇所から少しお湯が漏れるようになった。
 これはシャワーヘッドではなくホース側のパッキンの劣化によるものだが、先日ホーマックに行ってホースと、ついでにシャワーヘッドも新しいものに交換したのだ(ホースとヘッドがセットになった商品である)。

 それはいいのだが、このとき気づいたことがある。
 わが家のシャワーエルボ(という名も初めて知ったが写真矢印の部品のことで、混合水栓とシャワーホースをジョイントするL字型のものである)が樹脂製であるということだ。

 まだ壊れていないが、樹脂製だといつ亀裂が入ったり割れたりするかわからない。金属製に比べ安心度が低いのは間違いない。
 少なくとも、シャワーヘッドにお湯を一時的に止めるスイッチがついているタイプの商品は、樹脂製エルボに対応していなかった。そういう無理な力を与えられないのだろう。

 今後のことを考え、私は予備のシャワーエルボを購入しておくことにした。
 それが東急ハンズに行った目的である(ホーマックにはなかった)。

 前日にネット(Amazon以外で調べてみた)で調べてみたが、同じ部品が100円ちょっとで売られている。
 が、北海道までの送料は1500円とある。送り賃が本体の15倍もするのだ。
 5000円以上ご購入の方は送料無料とあるが、エルボを50個買っていったいどうするというのか?50個使い切るずっとずっと前にはもう、水栓自体が壊れているのは間違いない。

 しかしながら、ハンズにエルボは置かれてなかった。
 それらしきもの、つまりシャワー部品そのものがほとんどなく、似た名前のエルザとかウツボとかも見当たらなかった。

 失意のままデチュ熱風商会に行ったら、マチナカにTOTOのショールームがあることを2人は教えてくれた。

 友好的な会談のあと私はそこに向かった。

  紳士的な客
 シャワー、いや、ショールームに入り受付の穏やかな微笑をたたえた女性に尋ねた。

 「ここにはシャワーの部品は置いてますか?」

 「申し訳ございません。部品は置いてないんです」(このあたりの言い回しが北海道らしく、人間味があって素敵だ)。

 「わかりました。すいませんでした」

 確かになぁ~。
 私の行為はレクサスのショールームに行って「バッテリーを固定するネジの予備はありますか?」と尋ねているようなものだ。
 レクサスのショールームにネジの予備はない。たぶん……

  相変わらずスケベなままの客
 さて、アオに会ったあと多崎つくるは別のかつての友人“アカ”のところを訪ねる。

 “アカ”の会社に行った場面ではこういう描写がある。

 レクサスの受付にいたのと同じ、名古屋でしばしば見かけるタイプの女性だ。整った顔立ちで身だしなみがいい。好感も持てる。髪はいつもきれいにカールしている。彼女たちは何かとお金のかかる私立女子大学で仏文学を専攻し、卒業すると地元の会社に就職し、レセプションか秘書の仕事をする。そこに数年勤め、年に一度女友だちとパリに旅行し買い物をする。……

 名古屋でしばしば見かけるって、いったい名古屋のどこを見て回ってるんだか……
 少なくとも私はこの地で髪をカールしている女性を、仏文学(もちろん“お経”のことではない)を専攻していた女性を知らない。
 
 明らかに一面というか、作者の好きなように名古屋女性のイメージを創作し普遍化しようとしているけど、私立女子大学を出ていなくても、英文学や哲学を学んでも、髪がストレートでも、ふつうにかわいい人、きれいな人はたくさんいる。
 実際に名古屋に住んでみると、こと女性に関しては(男性もだが)特殊なんかじゃないことがわかる。

 だからこそ、逆な形だが「ドライブ・マイ・カー」で中頓別町から怒りを買うようなことも起きたのだろうけど……

BeethovenCompRattle ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827 ドイツ)の歌劇「フィデリオ,または夫婦の愛(Fidelio, oder Die eheliche Liebe)」Op.72

 このオペラについては、序曲に関してここここなどで取り上げているが、今日はオペラそのものを。

 このオペラは1804年から'05年に書かれた(第1版)。
 台本はJ.N.ブイイの仏語原作(←だからこそ本日取り上げた)からJ.ゾンライトナーが独語訳したものである。

 第2版は1805年から'06年で、S.v.ブロイニングが台本を手直しした。

 さらに第3版はG.F.トライシュケとベートーヴェンが台本を直している。

 第1版は3幕構成だが、第2~3版は2幕もの。そしてまた、第1~2版のタイトルは「レオノーレ」であった。

 で、仏文学から仏語訳をつなげることによってすっかり満足してしまった私は、これ以上作品に言及することなく、ラトル/ベルリン・フィルほかによるディスクを紹介しておくにとどめたい。

 第3版による演奏で2003年録音。EMI。

  強そうな金属製交換部品発見
 TOTOのショールームの受付の女性は感じが良かった。

 が、私は村上春樹、おっと違った、多崎つくると違い、髪が巻き巻きだったかどうか、八重歯があったかなかったか、仏蘭西語でボンジュールと言われたかどうか、唇の色は何色だったのかなど、さっぱり覚えていない。

 まったくもって観察力に乏しい人間だ。
 だからこそ、アリの巣を見つけるのにも時間がかかるのだろう。
 
 私が求めていたシャワーエルボは、結局Amazonで注文した。
 “樹脂製シャワーエルボ専用の交換部品です”という金属製のものを発見したのだ。
 TOTOの純正品。
 純正品ならパパもママも小僧も大満足だ。

P7210286

P7210287

P7210288

 もしかして、樹脂製なら耐久性に不安があるということで金属製の交換部品がラインナップされたのだろうか?

 価格は900円ほど。送料は、自宅ではなく“距離の近い”名古屋に送ってもらうことにしたので300円ほど。
 樹脂製の100円の9倍ではあるが、送料込のトータルではこちらの方が安くなった(樹脂製を北海道ではなく名古屋に送るように手配したらいくらになったかは知らないけど)。

 次回自宅に運ぶために、私はこのL型パイプ(といっても3cm角の小さなものだ)を持って飛行機に乗るのである(なお、シャワーホースとの接続で規格が合わないかもしれないが、今回買ったシャワーホースには金属エルボ用のアダプターが付属している)。

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