スーパー烏合の衆先日の昼食時のこと。
この日は滅多に行くことのない(実際、行くのは2回目)、百貨店の上の階にある軽食喫茶に食べに行ってみた。
入ると、限りなくおばあさんに近い世代のおばさん(専門用語では老婦人という)たち12人が、テーブルをくっつけて一大昼食会を開催し始めたところだった。なぜ始まったばかりだとわかったかというと、まだ彼女たちの前には水しかなかったからである。
この人たち、どうやら何かのサークル仲間のようだ。12人だからサッカーチームの可能性も捨てきれないが、控えが1名というのは心もとない。
すでに食事をオーダーした時点で混乱があったのは容易に推測できた。
店員が早くも尋常でない表情をしている。かなり翻弄された模様だ。
食事が来るまでも、とにかくうるさい。焼け火箸を押し付けられた12羽のカラスでも、ここまでうるさくないかもしれない。昨日紹介したコンチェルト・ケルンのブランデンブルク協奏曲の演奏が「活発な議論」だとしたら、この人たちのは、無秩序な雑談であり、12人の意識は共有化されておらず、ただ単にギャハハハと笑っている者もいる。
これは耳への暴力だ
さてさて、まずはオムライスが2つ運ばれてきた。店員が「オムライス、お待たせしました」と、何かにおびえるようにいう。いや、何かに対してではない、この集団におびえている以外にいかなる原因があるというのだろう?
「オムライス来たわよ。だ~れ?」
「あら、あたしのナポリタンまだ?」
「もう少々お待ちください」
「オムライス、誰だっけ?」
「私はあんかけ焼きそばよ」
「コーヒーも頼む?」
「ちょっとお姉さん、コーヒーも頼むから」
「少々お待ちください」
「コーヒー12でいい?」
「待って、アタシいらないから」
「えっ?アヤメさんは飲まないの?コーチャにする?」
「バスの時間があるから、飲まないわ」
「あら?ハナブサさんは紅茶にするの?」
「お姉さん、じゃあコー……、あらいない」
「お待たせしました。あんかけ焼きそばお持ちしました」
「焼きそばよ。ツバキさんは焼きそば?」
「違うわよ。山菜ピラフ。だって、ウチではいつもソース焼きそば」
「あんかけ嫌い?」
「マルちゃんの焼きそば買ってんの」
「あらっ、アタシ何頼んだっけ?」
「ヤダー。あら、箸落とした。お姉さん、箸下さる」
「そしたらコーヒーは8つでいいの?」
「ナポリタンまだかしら?」
「水、ちょーだい」
「奥さん、この焼きそば少し分けてあげる」
「お姉さん、コーヒー8つね」
「ナポリタン、お待たせしました」
「スパゲッチ、来たわよ。頼んだの誰?」
「お姉さん、やっぱりコーヒー1つやめて、紅茶にするわ」
「箸まだ?」
「少々お待ちください。では、コーヒーはいくつですか?」
「コーヒー頼んだの誰?えっと、ひー、ふー、みー……」
私はふだんの博愛主義と敬老主義を封印し、心のなかで何度も叫んだ。
「黙れ!静かにしろ!このババーめ!」と。もはや、自分らしくないが、とても下品で非情にならざるを得なかった。
でもそうでしょ。いくらなんでも、あそこまで周囲の客にまで迷惑をかける権利はないはずだ。
少なくとも迷惑防止条例と騒音防止条例には違反している。
ってな具合で、私たちに料理が運ばれてきたときには、そのお姉さん、フルマラソンを走ってきたような疲れた顔をしていた。
そしてまた、私が頼んだハンバーグカレーは、ようやく運ばれてきたとき、妙にぬるかった。団体客に振り回されている間に、冷めてしまったに違いなかった。
こちらはやさしいババー、じゃなく、老婦人
プーランク(Francis Poulenc 1899-1963 フランス)の「子象ババールのお話(L'histoire de Babar, le petit elephant)」(1940-45)。朗読とピアノのための作品である。
J.de.ブリュノフの同名の絵本にプーランクの姪たちが夢中になっているのを見て、作曲した。
物語の筋は、母親を猟師に撃ち殺されたババールが町に出る。そこで優しい老婦人にかわいがられるが、やがて生まれ故郷が懐かしくなり森に帰る。そして、象の国の王様になる、というもの。
音楽は軽妙洒脱だが、どこか物悲しい雰囲気が漂っている。
丁寧な物語の対訳がついていて、またピアノの音が美しいルイサダの演奏を。
語りはモロー。
1994年録音。グラモフォン(TOWER CLASSICAL VINTAGE COLLECTION Vol.5)。
では、本日、家に帰ります。

私には勤まりません。