
しつこく月曜日に撮ったバラの写真。
上は“アイスバーグ”。純白の花を咲かせる品種で、ドイツ名はシュネービッチェン。花びらの間で小さなクモがくつろいでいた。
クモは嫌いである。すごく。
でも小さいので、今回は見て見ぬふり。じゃないか、見逃してあげた。
これが大きいと、私はアメリカのオカルト映画に出てくる女のようにギャーギャー、ヒャァ~ヒャァ~叫んじゃう。
2枚目は“グレーシー・アレン”。中央がピンクで外に向かうにつれ白くなる。かわいらしいのだが、このバラ、トゲがひどく鋭い。何度こいつのトゲで私の美しい指先を傷つけたことか!
3枚目は“アンジェラ”。最盛期には葉や枝が見えないほど多くの花をつけるが、さすがに今の咲きぶりはシーズンの終わりを感じさせる。
かわいらしい品種だが、散った花びらを掃除するのが大変である。

ご覧のように背丈は1mほどにもなり、大きな株になる。
ちょいとどうしたものかと悩んでいる。だってこんなに場所をとってるんだもの。
それに、個人的にはこういうワイルドなものをハーブとは呼びたくない気もする。
昨日のよりはるかに刺激的なんです
昨日はステンハンマルのピアノ協奏曲第2番を取り上げた。
この曲に対する私の思いを凝縮して言うと、いいもの持ってんのに生かし切ってない、ってこと。

刺激的で無駄な贅肉のない作品。これを聴くとステンハンマルとは才覚が違うし、私の腹とは構造が違うことを思い知らされる。
ショスタコーヴィチ(Dmitry Shostakovich 1906-75 ソヴィエト)のピアノ協奏曲第1番ハ短調Op.35(1933)。
独奏ピアノと独奏トランペット、そして弦楽合奏という編成。4つの楽章から成る。
もちろんステンハンマルとは国も時代も作風も違うわけで(血液型や星座は確認できなかった)、単純に比較することはできないが、それでも意地悪くこの2曲を立て続けに聴くと、こちらの態度も自然と違ってくることがわかる。

が、ショスタコだと身を乗り出して聴いてしまってる。
私がショスタコ好きだということはあるが、やはりあらゆる点で魅力が上だ。
マツーエフの独奏に大興奮!
この曲の演奏にはすばらしいものが多い。少なくとも私にとって耐えられないような不満をもった演奏に出くわした記憶はない(私の記憶力はすでに衰えていることを申し添えておく)。
今日はマツーエフのピアノ、シャラポフのトランペット、テミルカーノフ指揮サンクト・ペテルブルク・フィルの演奏。
両端楽章では、とにかく爆走機関車のように突き進む(が、ときおり急減速してテンポの変化を強調する)。一方、第2、第3の緩徐楽章は適度なあまり感傷的にならない絶妙なしっとり感が、あたかも私のおなかの肌のようにすばらしい。

ピアノ協奏曲第1番では、豪腕超絶技巧ピアニスト、マツーエフの面目躍如たる迫力あるが圧倒的
あれ、ニポン語ヘンか?
では、私が手直ししましょう。
ピアノ協奏曲第1番では、豪腕超絶技巧ピアニスト、マツーエフの面目躍如たる迫力ある圧倒的が
てな、感じでいかがでしょう?
いいからいいから、細かいことは言いっこなし。
豪腕で剛腕。マツコならぬマツーエフの演奏は、アルゲリッチのライヴもすごいけどそれに負けないものだ。
そしてテミルカーノフによって、単なる暴走ではなく、音楽的に説得力ある仕上がりになっている。
2006年録音。ソニークラシカル(RCA)。
あれには叫びはしませんが、好きじゃないです、もちろん。
蛾は私も嫌いですし、あらゆる虫と虫モドキが嫌いです。