20141012a  意思が強いのか、鈍感なだけなのか
 土曜日は仕事が思ったよりも早く終わったので、3時前には自宅に向け出発することができた。

 清水町まで国道を走り、清水の街の入り口にあるサッポロ・ドラッグストアに寄ってPB(プライベート・ブランド)の炭酸水を買う。この炭酸水を使うと他のを買うのが嫌になる。
 というのも、他社のは有名無名、安価高価問わず、気が抜けたような感じがするのだ(ウィルキンソンはまだ強い方だと思うが)。つ、つ、つよい刺激を求めるアタシ。
 そのあとトイレに寄り、十勝清水インターへ。

 この日は、インターに向かう途中でいつも隠れている、いや任務についているパトカーはいなかった。

 高速道路の車の流れは順調(って、ラジオの道路交通情報の言い方みたいだ)。
 紅葉も美しい。

 それにしても、制限速度ぎりぎりで走り続け、その後ろには車が数珠つなぎ、ってことがときどきある(道東道は片側一車線)。
 法令遵守は褒められるべきことだが、後ろにあれだけ車がたまっているのに自分のペースを変えない精神力の強さには感心する。いや、そもそもそうなっていることに気づいていないのか?

20141012b  そりゃ見も知らぬ私ですが……
 夕張インターの手前では対向車線でパトカーに捕まっている車がいた。同じ場所で捕まっている車を前にも見たことがある。パトカーはどこから現れるのだろう?

 夕張インターで下り、ネクスコの事務所に併設されているトイレに寄る。

 ここには男女兼用のが1つしかない。だがたいていは空いていて、しかもいつもきれいに掃除されている。

 この日、私が行ったときは珍しく使用中だった。
 そして、待っても待っても出てこない。

 5分も経っただろうか。出てきたのは中年のおばさん。
 でも、こういうときって「すいません」とか軽く会釈するとかしない?だって、待たせたんだから。
 なのにそのおばさん、私がそこに存在していないかのようにチラとも見ずに、無言、無愛想、高慢ちきに立ち去った。
 この礼儀正しくなさ。ニッポン人はどうなってしまったのだろう?

 もうすぐ栗山町という夕張の街はずれのいつもの場所にはパトカーが停まっていた。
 ちゃんと制限速度+5kmくらいで通り過ぎる。私も、前の車も、後ろの車も。

 そのあとは、再び低速走行車に前を阻まれ、なんだかんだで家に着くまで3時間以上かかってしまった。
  そうそう、由仁町郊外ではいきなり貧相ないでたちのキタキツネが飛び出して来て、もし私の判断力が耄碌していてブレーキを踏むのが遅かったら、はねてしまうところだった。

20141012c  囲っちまうにはまだ早そう
 日曜日は晴天。

 バラの冬囲いをやろうとしたが、まだ咲いているものもいくつもあり、またつぼみを持っているものもある。
 これから冷え込みが厳しくなりこれらのつぼみが開く可能性はあまり高くないが、葉もけっこう照りがあり、囲うのはまだ早いと判断。剪定だけにとどめた。

 そうなると他のこともやる意欲が失せ、せっかく買ったというのに電動ノコギリも未開封のまま、切り落としたままのプルーンの幹は今回はそのまま放置。

 上の花は“タンジー”。病害虫予防に効果があるというキク科のハーブ。想像していたよりも大きな株立ちとなり、また茎も硬い。防虫効果は乾燥させた花や葉にあるそうで、どうりで庭のこの周りにも見てくれの悪い虫たちが闊歩していたわけだ。

 20141012d2枚目の写真のバラは“コンパッション”。このバラは庭の隅の方に植えてあり、けっこう放置している感じなのだが元気だ。私に構われない方が元気になるのかもしれない。
 3枚目はこれから咲く準備期間のつぼみ。この品種は“バフ・ビューティー”。

 そして4枚目。先日独立(させ)宣言をした、多肉植物&サボテンである。

 いままで、見知らぬ同士が旅館で相部屋にされたような環境で過ごしていたが、今回ようやく植え替えをしてあげた。クジャクサボテン(品種不明)、アロエ属の怒帝王、シャコバサボテン、そしてこれまでの家主であるアロエ・ディコトマである。
 そもそもシャコバサボテンとクジャクサボテンは空気中の多湿を好むわけで、アロエ属と一緒にしていたことに無理がある。生鮭と鮭トバを一緒に保管していたようなものだ。

 クジャクサボテンって昆布じゃあるまいし、どうしてピシッと立たないのだろう。そのうちちゃんとなるんだろうか?なんだか条虫みたいでもある。

KodalyHary  英語ならピーコック・ヴァリエーション
 コダーイ(Kodaly,Zoltan 1882-1967 ハンガリー)の「ハンガリー民謡『飛べよ孔雀』による変奏曲(Variationen uber das ungarische Volkslied 'Ein Pfau flog auf')」(1938-39)。アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団創立50周年記念委嘱作品である。

 コダーイはバルトークと協力しハンガリー民謡を収集したが、作曲面ではバルトークがのちに新古典主義へと突き進んだのに対し、コダーイはあくまで穏健な様式にとどまり続けた(彼の作品でいちばん広く知られているのは「ハーリ・ヤーノシュ」だろう)。

 この変奏曲の主題も、コダーイが収集した古いペンタトニック(5音音階)の農民の歌からとられている。

 私が持っているこの曲の唯一のCDはドラティ指揮フィルハーモニア・フンガリカの演奏によるもの。
 1973年録音。デッカ。

 そういえば、最近木でできた軸のボールペンで、大きな孔雀の羽根が飾りでついた豪華兼悪趣味なボールペンを使っている人ってみかけないな……(←昔っからいないって!)
 あれって、どこのみやげ物なのかな……

 さて、今日勤務地へと戻る。