LigetiEtudes  頭痛にしびれ、おまけに吐き気
 実は先週、私の身に大変なことが起こった。

 会社で、机の上に置いてあるくせにデスクトップではなくノートパソコンなのだが、それに向かい資料を作っていた。
 ところが昼近くになって、相変らずかすかに頭痛がするなぁと思いつつ立ち上がると、両脚の膝より下にかすかなしびれを感じた。さらに、なんとなく吐き気がするような気もした。

 もしかしてけっこうマズイ可能性が疑われる。

 アタッタかもしれない。そしてこのあと、すぐにもひどいことになるかもしれない。

 前に会議中、出席していた人がどうも調子が悪いと席をはずそうとしたら、いきなり片足が言うことをきかなくなり、転んでしまったことがあった。一挙に足が動かなくなったのだ。
 すぐに救急車を呼び、脳神経外科に搬送されたが、脳卒中だと診断された。早い対応だったので、後遺症は残ったものの命に別条はなかった。
 逆に会議中に起こったことが幸いだったとも言える。たとえば夜中だったら、あるいは一人でどこかにいるときだったら手遅れになったかもしれない。

 私は知り合いのいる病院に電話をかけ、こうこうこういう事情なんですがいまから行って診てもらうことはできますか、と聞いた。知り合いといってもこんなお願いができるほどの付き合いではない。しかし、彼は実に親切丁寧に対応してくれ、外来に確認した後、すぐに来てくださいと言ってくれた。私は周りの人に「おかしすぎる」と言い残し、その病院の脳神経外科に向かった。


 結果的に大丈夫だったのだが、この話、続く。


  脳味噌がパニック!
 もちろん、そのときの不安といったら文章にできないくらいだった。
 しかし、脳に異常がないとわかったいまだから以下のことを書ける。


 この日の朝の通勤時、私はリゲティ(Gyorgy Ligeti 1923-2006 ハンガリー→オーストリア)の「ピアノ練習曲集(Etudes pour piano)」を聴いたのだった。

 このナクソス盤、帯にはこう書かれている。


 脳味噌がパニック!複雑リズムの極致!!


 だから、私はおかしくなったのだ、というのは後付けの話だが、朝これを聴いたのは事実。

 にしても、“味噌”と漢字で書かれると、妙にリアルな感じがする。
 帯にはこうも書かれている。

 恐るべきリズム構造が産み出す、とてつもなく猛烈、かつ精妙で美しい音の渦は、もはや成熟しきったと思われがちなピアノ演奏芸術に、全く新しい地平を切り開くものといえましょう。21世紀のスタンダード名曲の地位を確立しつつあるこの曲集に……(以下略)

 いやごもっとも。
 でも、21世紀のスタンダード名曲の地位を確立しつつあるってところは、本当にそうなのかなぁ……と疑問を抱く私。


  著しく単純ながら高度に複雑
 ただ、ロバート.P.モーガン編長木誠司監訳「西洋の音楽と社会11 現代Ⅱ 世界音楽の時代」(音楽之友社)のなかで、“代表的な西洋音楽の作品”として、このピアノのための練習曲の第6番も取り上げられている。

 第6番では、リゲティのポリフォニーへの関心が全面的に復帰し、歯切れの良いピアノの音色を通して鋭利な線が描かれている。穏やかに下降してゆく半音階の声部は、模倣しながら層をなして進み、厳格な16分音符のパルスを背景に積み重ねられてゆく。このような層構造はアフリカ音楽の周期性を思わせる。複数のテンポが存在するように聞こえるが、そのような錯覚は各声部の線がパルスの不変のグループと関連付けられることによって強められている。ある瞬間には3音おきのパルスで進む線があり、それと同時に4音おきや7音おきで進む線も存在する。これはナンカロウが自動演奏ピアノのための作品で用いた、カノン的声部を異なるテンポで併置してゆく技法を思わせるが、リゲティの《エテュード》は人間の手で演奏される点で異なり、テンポが背景におかれたパルスへと包摂される点でも異なっている。そのため得られる結果は、リゲティが説明しているアフリカ音楽のように、構成要素の点では〈著しく単純〉でありながら、その高次構造においては〈高度に複雑〉である。

 なお、リゲティがナンカロウを賞賛したことについては、先日ご紹介している

 「ピアノ練習曲集」は第1巻から第3巻まであるが、ビレットの手で演奏されているナクソス盤は第1巻(1985)と第2巻(1988-94)が収録されている。
 それぞれの巻の作品は、

 第1巻は、第1番「無秩序」/第2番「開放弦」/第3番「妨げられた打鍵」/第4番ファンファーレ」/第5番「虹」/第6番「ワルシャワの秋」。
 第2巻は、第7番「悲しい鳩」/第8番「金属」/第9番「眩暈」/第10番「魔法使いの弟子」/第11番「宙吊りで」/第12番「組合せ飾り」/第13番「悪魔の階段」/第14番「無限柱」/第14a番「無限柱」。

 ビレットには私、リストのピアノ・コンチェルトで驚かされてしまったが、このリゲティの演奏は別な意味でまたすごい。この人、奇怪、いや機械みたいだ。良い意味で。

 2001年録音。

  かなりビレットにビビットしている私だが、先日来注文していたチャイコンのCD、1ヵ月ほど経ったあと、在庫切れという悲しいメールが届いてしまった。
 店頭在庫を探すか……